今回はクリエイターエコノミーが抱えている課題とその対策方法について、Mr.モリスギこと株式会社トラストバンクの森杉育生さんにお話を伺いました。
―――世界各国の先進的な取り組みから、旬で“GROWTH”につながりそうな企業・サービスをご紹介する「海外Hot Info」。10年以上デジタルマーケティングに携わってきたGROWTH LABの三石所長(当時)が、その知見をもとに海外のデジタルマーケティングのトレンドについて切り込みます。
クリエイターとして生活費を稼げている人は……わずか1%!?
三石 今日は、クリエイターエコノミーに関することをテーマにお話を伺いたいと思います! よろしくお願いします。
森杉さん(以下、Mr.モリスギ) よろしくお願いします!
三石 今回のテーマはクリエイターエコノミーの課題と対策ですね!
(※編集部注・クリエイターエコノミーとは様々な方面で活躍するクリエイターがその能力で様々なコンテンツを生み出し、その情報発信などの活用によって生み出した経済圏のことを表しています。
たとえば、YouTuberが自身のチャンネルで動画を配信していった結果、収益を得るのはこのクリエイターエコノミーに含まれます。)
ちなみに、クリエイターエコノミーに関して今大きな課題になっていることって、どういったことなんでしょうか?
Mr.モリスギ クリエイターエコノミーという言葉はかなり普及しましたが、クリエイターとして食べていけている人、すなわち生活するのに必要なお金を稼げている人というのは、わずか1%しかいないんです。ここが、クリエイターエコノミーの大きな課題です。
三石 「最低でもこれくらいあれば生きていけるよね」という金額を、ほとんどのクリエイターが稼げていないということでしょうか。
Mr.モリスギ たとえば日本の首都圏だったら、1人暮らしなら年収300万円くらいあれば生きていけますし、約500万円あれば、子ども1人くらいなら何とか育てられますよね。アメリカだともう少し高くて、6万ドル(約780万円)は必要になると言われています。
しかし、99%のクリエイターが、そこまでの金額を稼げていないんです。
ダン・ランシー(ヒップホップビジネスに関するメディア企業Trapitalの創設者)のブログによれば、クリエイターには、大きく4種類があります。
・ホビースト(愛好家)は自分の楽しみや観てくれる人のためにコンテンツを作る人たちを指します。ただしこのホビーストの人たちはビジネスに投資する時間や費用が足りず、高品質なコンテンツを作っていくのにも苦労しています。そのため生計を立てられるような収入を得られる人はごくごくわずかです。
・フルタイムクリエイターは、クリエイト活動に100%自分の時間を使える人。ここからはクリエイターとして成功している人と言えます。
・スターは、メディアや出版社などの外部企業とパートナーシップを結んでいるような人たちを指しています。
・モーグルは、フルタイムクリエイターやスターよりも上のレベルにいる人たちです。たとえば創業したクリエイターがいなくなった後でも長生きするようなビジネスモデルができているようであれば、モーグルに含まれます。
三石 そしてこのうち生計を立てられるような収入をまだ得られていないホビーストが、クリエイター全体のうち99%を占めているというわけですね。
Mr.モリスギ 参考までに、音楽ストリーミング業界の例を挙げてみました。真ん中のAmazon Musicを見ると100万回再生で4,020ドルですから、約56万円の収益になるイメージです。ということは、平均で1,500万回以上の再生数を稼がないと、アメリカで必要とされる約6万ドルの収益を得ることができないんですよ。
三石 1500万回再生って言ったら、スターレベルですよね。そのレベルのコンテンツを、毎年コンスタントに出し続けていかないといけないんですね。しかも生活するために。
Mr.モリスギ ストリーミングでみんなが食べているわけではありませんし、投げ銭、グッズ、サブスク、ライブイベントと様々なマネタイズ手段を組み合わせて生計を立ててるのでこれがすべてを表しているわけではありませんが、それくらいストリーミングで稼ぐというのは大変なことなんですね。これは音楽ストリーミングだけではなく、YouTubeなどでの動画収益も稼げる額は同じくらいになるかと思います。
三石 Web3やメタバースの世界が普及してくれば、プラットフォームの手数料がなくなりますよね。そうなれば、もっとこの「クリエイターが食べていけない」問題というのは改善していくのでしょうか?
Mr.モリスギ そうですね。ただ、やっぱりそうなるまでに時間もかかると思います。正直、今の状況ではこの問題を上手く解消するのは難しいんですが、その中でもどのような分野で何の問題を解消していけばいいかアプローチをご紹介したいと思います。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
「クリエイターエコノミー」という言葉はかなり普及しているが、実際にはクリエイターを取り巻く環境は厳しい。風穴を開けるためにはどうすればいい!?
クリエイターなら必ず身につけるべき「3種の神器」とは
Mr.モリスギ クリエイターとしてしっかりやっていくには、クリエーション、ディストリビューション、マネタイゼーションという3つの要素を強化することが必要です。この3つは、「3種の神器」と言ってもいいかもしれません。「クリエイタートライアド」と呼ばれたりもします。
三石 具体的には、どういったことなんですか?
Mr.モリスギ まずコンテンツを作って(=クリエーション)、TwitterやYouTubeなどを使って、広く「発見」してもらう(=ディストリビューション)。そうしてユーザーがクリエイターのところに集まってきたら、クリエイターのブランド色を出しつつ、自分のパーソナルメディアとコミュニティを持ち、そこでマネタイズをするというのが大きな流れです。
さらには、これからどんなプロジェクトをして、何を提供してファンの人からお金をいただくのかとか、アイデアを好評してフィードバックをもらうコミュニティも重要ですね。以前ご紹介したDiscordやPatreonなどはまさにコミュニティとマネタイズの場と思います。
それからもう1つ重要なのが、特定のプラットフォームに依存しすぎないことです。
三石 今までは動画プラットフォームといえばYouTubeが一強でしたけど、今はいろんなプラットフォームが出てきていますよね。こうしたメディアの分散をちゃんと捉えるということが大事なんですかね。
Mr.モリスギ そうです。もはや、YouTubeでマネタイズしていればいいという時代は終わりました。
これからは、大手プラットフォームではユーザーを獲得し、コミュニティやパーソナルメディアでエンゲージにつなげて、結果的にマネタイズを図るというモデルが大事になってきます。
あくまでTwitterやYouTubeではユーザーを捕まえるユーザ獲得チャネルで、別のプラットフォームでエンゲージをする。こういった流れが、今後の主流になっていくと思います。
三石 もうすでにそういった動きをしているクリエイターは増えているんですか?
Mr.モリスギ 最近は獲得チャネルを多角化して、TikTok、Youtubeショート、Instagramで全部違うメッセージを発信しているようなクリエイターは増えました。一方でパーソナルメディアやコミュニティまでちゃんと運営できているクリエイターはほとんど見かけません。やはりホビーストの方は、まだ「まずはYouTubeで頑張ろう」が現状だと思います。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
大手プラットフォームでコンテンツを提供していればマネタイズできる時代は終わった! これからは、大手プラットフォームで獲得したユーザーを別のプラットフォームでエンゲージするという流れが主流となる。
これから勝ちに行くためには、ニッチ分野でエンゲージメントを狙うことが重要! Capcut・Spliceの事例を紹介
Mr.モリスギ 以下に、クリエイターエコノミーツールの全体像を出してみました。ディスカバリーとエンゲージメント・広い範囲と専門やニッチという2つの軸をとっています。
三石 紫色以外の部分は、見たことがある名前が並んでいますね。
Mr.モリスギ 「ディスカバリー×ワイドドメイン」のところなんて最強ですよね。ここは、グローバルプラットフォームがひしめいています。
三石 FacebookやYouTubeなどなど……ここには入る余地がありませんね。
Mr.モリスギ 左下も割と強者が出てきています。ゲームや音楽など専門コンテンツ分野だとRobloxやSteamだったり、Spotifyがかなり市場を席巻しています。右端のShopifyも各ブランドが提供できるECプラットフォームとして、ここ5年くらいですごく伸びてきましたよね。この中でまだちゃんと手が打たれていないところ、すなわち未開拓のところがどこなのかというと、紫色の部分(専門・ニッチ x エンゲージメント)なんです。
マーケット的には小さいし、ニッチなので大きなシェアはとりづらい。昨今のスタートアップやベンチャーキャピタルの投資の傾向を見る限りこの領域を攻めています。
三石 ということは、今から取り組むのならここだということですね。主なアプローチ方法としては、どういったものがあるんでしょうか?
Mr.モリスギ 近年著名なVCから出資を受けているスタートアップは、主に次の3つの領域でクリエイター支援を行っています。
1つめがクリエーションツールの拡充。
2つめがメディア・コンテンツのバンドル化。
そして3つめが、パーソナルメディア。コミュニティ運営支援です。
まず、クリエイターツールの拡充という部分で紹介したいのがCapcutです。TikTokなどのスマホ動画に特化した製作ツールなんですけど、これがすごいんです。スマホさえあれば簡単に動画が作れてしまう。しかも、めちゃくちゃ使いやすい。あっという間に動画が作れてしまいます。
三石 これすごいですね、2.5億ダウンロードもされてるんですか!
Mr.モリスギ 全クリエイターが持っていてもおかしくないですよね。Capcutに関しては面白い事例があって、動画編集経験が全くない人が、自分が出版している本の販促動画をスマホだけで作成したんです。もちろんCapcut を使っているんですが、彼は1ヶ月程度でそれなりのものを作れるようになりました。
三石 すごいな。40代とか50代の、あまりリテラシーが高くない人でも簡単に動画編集ができちゃいますね。
Mr.モリスギ そこがまさにポイントで、動画制作の民主化をしているといえますね。こういったツールが増えることでクリエイターはよりコンテンツを効率的に高い品質のものを量産できるようになるというわけです。それがユーザ獲得の一歩になるはずです。
もう一つ、クリエーションツールの拡充部分で紹介したいのがSpliceです。これは、いわゆる音楽素材の売買プラットフォームですね。
今の音楽って、過去の音楽の一部を切り取って、それを自分の曲に乗っけて再利用するというやり方が使われていることが多いんです。これをサンプリングと言いますが、Spliceではこれをもう少し広げて、曲を作る一段階前の素材を作って音楽の曲を作るトラックメイカーに売り出しました。
三石 そのやり方って、たとえば写真とかでもよく見かけますよね。写真がフリー素材として登録してあって、お金を払うと自由に使えたりする。そういったサービスがありますが、Spliceの場合はその「音バージョン」だということですね。
Mr.モリスギ そうです。そしてSpliceの注目すべき点は、制作者側のサンプリング音源需要を捉えて、サンプルパッククリエイターという新たなクリエイター市場を作りだした点なんですよ。
たとえば、ミュージシャンのKARPAさんという方は、音楽のストリーミングでは1万ドル(140万円)しか稼げませんでしたが、Spliceでボーカルパックという短い歌や発声の音源のセットを提供することで、30万ドル(約4,200万円)を稼ぎました。
ミュージシャンで稼げなかった方が、親しい分野で音源サンプルパッククリエイターにピボットして新たな才能を発揮したという事例ですね。
仕事を生んでいるということでクリエイターの支援にもなっているし、音楽トラックメイカー側の支援にもなっています。Spliceは約400万人のユーザーがいて月9.99ドルをしはらっているので、月間売上が4000万ドル(=約56億円)程度とあるはずです。
そして、その売上の多くをサンプルパッククリエイターたちに払っています。
三石 面白いなあ。いろいろ考えさせられますね。「行動を起こしたもん勝ち」って多くの人が言ってますけど、今って環境がどんどん揃ってきているから、本当に行動を起こした人が勝つ世界が実現していますよね。
やっぱりみんな、最初から線を引いてしまうじゃないですか。「僕はそういうことには向いてないんで」とか言っちゃうんだけど、やっぱりちゃんとやった人間が勝っているということを、こういう事例を見るとすごく感じますね。
Mr.モリスギ 間違いないですね。これだけツールがあるわけですから。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
CapcutやSpliceの事例を見ると分かるように、非常に使い勝手のいいクリエイターツールがどんどん増えている。まさに今、「行動を起こした者が勝つ」世界がやってきていると言える!
三石 今回もありがとうございました! 次回は、メディア・コンテンツのバンドル化とパーソナルメディアの作成について伺います!
―次回の【海外Hot Info】では、クリエイターエコノミーの課題と施策について引き続き森杉さんにお話を伺います。次回もぜひお楽しみに!