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観光立国と人材戦略 ~『量から質』への転換期に必要な人材とは?~

2023.03.31

この記事は、2023年2月16日に開催された「GLOBALIZED インバウンド 2.0|訪日DXで進化する日本の未来」のカンファレンスイベントレポートです。

問題解決できる人材を育成し「稼げる」観光立国へ

「円安の今、日本の観光は有利」は間違い

株式会社小西美術工藝社代表取締役社長で、元ゴールドマンサックス証券金融調査室長のデービッド・アトキンソン様に講演いただきます。

株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長 アトキンソン氏

小西美術工藝社 アトキンソン氏|
1月の訪日観光の数字が出たのでこれを見てみますと、アジアからは2019年に55%くらいだったものが、まだ日本に来られない中国を除くと、ピークだった2019年の75.1%まで回復しています。アジア以外からも79.3%まで既に戻ってきています。

昨年、外国人観光客受け入れを再開するに当たって試算したところ、2023年は700万人から1000万人くらいの予想をしていましたが、2022年11月・12月の数字を見て、今年1年間で1200万人くらいは確実に戻るだろうというふうに考え直しました。

この勢いのままで上がっていけば、今年はさらに1700万人まで増える見通しになっております。そして、2024年は2600万人くらいまで増え、2025年になると3200〜3300万人と以前のピークを上回るほどになると予想されています。

元々の国の目標としては2020年に訪日観光客4000万人・消費額8兆円、2030年には6000万人・15兆円を掲げ、要するに一人当たり20万円から、25万円まで単価を上げていくという戦略で実施されていました。今、訪日数は2020年のコロナの影響で達成できていないわけですが、単価の方は20万円を超えて達成されています。

国内には「円安だから日本は有利だ」と言う人が多いですが、未だに無学なコメントが多いなという印象です。今、諸外国から日本に来る時、円安云々と関係なく飛行機代が非常に高くなっていて、大体コロナ前の3倍、時には5倍くらいまで高騰しています。

80〜200万円が求められるエティハド航空A380型機の世界一高価な個室「レジデンスクラス」が、今話題ですが、いくら吉野家の1杯400円弱の牛丼がさらに数十円割安になるからといって、その程度の話は訪日観光客にはどうでもいいことであって、国内の物価が安いということは何の魅力にもなっていません。

それでは、海外から日本に来る人にとって何が変わるのかというと、皆大体決まった金額を持って来ますが、その予算を円に変えるときに使えるお金が増えるということで、食べる場所や泊まる場所をグレードアップして日本で落とすお金の量が増えこそすれば、安いからという理由で訪日する人はいません。

以前からUNWTOのデータを分析し、海外の論文を見ていると、そもそもインバウンドの動向と為替の相関関係はほぼなく、為替の影響でその国に落ちる収入は増えますが、数の誘致にはつながりません。そもそも、日本は安いと言っても、アフリカに行けば日本よりはるかに安い国はいくらでもあります。

本日は「量から質へ」というトピックも出てきていますが、国策として菅官房長官の時代から、日本の観光戦略は量だけを重視するのではなく、あくまでも量と質のバランスをとった戦略を取り続けてきています。

人数と同時に金額という数値目標もあるため、日本政府観光局の顧問を務める私自身、4000万人の目標だけということであれば、アジアからガンガン誘致すればいいだけですから簡単だと思います。しかし、8兆円という目標があるため、これがアジアだけでは達成することができないという、いわば縛りの役割を果たしています。

最近は岸田総理も、2019年のピークを上回る水準までこの収入を増やすという戦略のことを言われています。そして、つい最近日本政府観光局として、誘致において最大の役割を果たす中国人観光客がどこまで戻るかという予測をベースにして、その戻り具合と収入目標を視野に入れて、アジアを増やすのか、欧州を増やすのか、それともアメリカを増やすのかが検討されています。

誘致をどうすれば、どこの地域から何人来るかということは、自動的に集計結果として出てきますが、日本の観光戦略は元々諸外国に比べ先端的で、世界も徐々に日本の観光戦略の形に近づいてきていると思います。

今は外国人が落とす単価が非常に高くなっており、この傾向はしばらく続くと思いますが、この後では徐々に下がってくることは避けられません。今の単価は飛行機代の異常な高まりを受けて、結局富裕層に近い人しか来られない状況になっているため、単価の高い人を中心に来日しているということを反映しています。2024年の2600万人という予測の数字に近づけば近づくほど、単価が少し下がる要因が増えてくるでしょう。

そういうことを考えると、今単価が中間から上のインバウンドを誘致する戦略になっている中、国内でもそれを可能にするような環境作りを進めないと国策として実現されることはありません。せっかくお金を持っている人たちを誘致しているのに、安い単価に見合う観光設備しかなくては、そのお金を使ってもらうことはできず、無駄に終わってしまいます。

テレビを見ると、「日本は外国人にとって物価が安く魅力的だ」などと妄想的なことを言う人が多いですが、外国人は日本の納税者でも住民でもなく、お金を持ってきて楽しみたい以上、その人たちがフェアだと思う単価をそのまま取ればいいのです。それを不必要に安くし「いい思いをさせられているはず」と思い込む考え方は以前からあるものですが、私としては不要なものだと思っています。

特に留意すべきは、そもそも観光とは有給休暇を取り、貯金をはたいて外国に行き、自分の人生を豊かにするための時間を楽しみたいと考えての余暇行為だということです。私たち観光に携わる人間は、ある意味そういった観光客の「暇潰し」に付き合い、その要望に応えて、彼らが用意した予算を1円も残すことなく使わせることが求められます。

海外から来る異なる文化の観光客は、リピーターを除くと生涯に一、二度しか日本に来ない人たちですから、過剰なおもてなしは全く必要ありません。それはまた、観光戦略の主目的は世界平和を実現するためのものでもないのですからなおさらです。海外からの観光客には日本で存分に楽しんで、持っている限りの予算を日本に置いて帰ってもらえば十分なのです。

「観光的魅力」とは自ら作り上げるもの

ポイントは「観光的魅力とは何なのか?」ということです。私は観光戦略の関係で全国各地を視察する機会があり、その度に必ず「アトキンソンさんは、うちの町の魅力は何だと思いますか?」「わが町を見てどう感じますか?」などと質問をされるのですが、そもそも観光的魅力とはあるのか/ないのかとか、感じるか/感じないかといった曖昧なものではなく、自ら作るものです。

考えてもみてください。世界遺産の熊野古道は、弘法大師空海が高野山を開かなければそもそも存在していないはずです。高野山があるからこそ、人間が切り拓いた道です。高野山に金剛峯寺がなければ、あの山に登る人は誰もいないでしょう。

同様にもし日光東照宮がなければ、日光の山を訪れる人は修行者を除いてほとんど誰もいないでしょう。また舞浜は、もし東京ディズニーランドがなければ、観光的な魅力がある場所だとは言えないでしょう。

そういう意味で必要となる戦略は、しっかりとマーケティング戦略に基づいた徹底的な設備投資によって魅力的な設備を作り、さまざまな人が朝から晩まで多様な楽しみを満喫できる環境を作りあげることであることは言うまでもありません。言葉にすれば単純なことですが、それがしっかりできている場所が日本国内に何ヶ所あるかと言われれば、本当に1、2ヶ所あるかないかだというのが現実です。

外国人に話を聞くといつも言われることは、「ホテルに着いても15時まで入れてもらえない」「翌日の10時にはチェックアウトを催促される」「旅館では21時になるといい加減寝なさいみたいな対応で、夜のバーも楽しみも何もない」「祭りがあっても旅館と連携できていない」などといった声です。そんな中で、日本人は丁寧だということでどれだけ頭を下げられたところで、それはアクティビティーがたくさん用意されている国とは競争にもなりません。

インバウンド観光客

多様な観光客がさまざまな楽しみ方を求めており、彼らが食、文化、自然、気候など、いろいろなアクティビティを楽しめて初めて観光戦略が成立します。つまり、日本の中で実際に楽しめる観光資源を、きちんとした形で整備する設備投資をした上で、経済合理性のある単価をきちんと払ってもらえる施策を立案・実行できる人材の育成が求められています。

これまで国の観光戦略に関わってきて最も感じたことは、日本国内には問題解決ができる人材が非常に少ないということです。当時の菅官房長官の下、一緒に観光戦略を立ち上げた際、「日本はおもてなしがすばらしい」「伝統と革新の国」と海外にアピールする情報発信がなされていました。しかし、実際にはやってもやっても、インバウンドは全く増えなかったんです。

伝統と文化や歴史は大事な観光資源の一つですが、あくまで一部の魅力に過ぎません。私は、実はお茶を嗜む人間の一人なのですが、1億2500万人いる日本人の中の茶道人口は300万人以下です。その300万人以外の日本人ですら、お茶は全く身近にない、いわば「他人の文化」で、正直あまり興味がないといっても過言ではないでしょう。そういった現状で、馴染みのない文化を全面的に外国人に押し付けても、それが大きな観光的な魅力になることはないでしょう。

そうではなく、「やはり伝統文化よりもアクティビティ、大自然、都心での買い物、食などの観光資源の方が圧倒的に海外から求められており、『伝統と革新』に対する観光ニーズはほぼ皆無である」「もちろん伝統文化も、ないよりはあった方がいいに決まっていますが、それだけでは観光戦略は成り立ちません」などと菅官房長官と一緒に検討を重ねてきました。

そこで、菅官房長官の下では、「なぜあなたは日本に来たのか?」などという某テレビ番組みたいな質問や、「日本に来て楽しかったか?」といった意味のない満足度調査など、既に日本を肯定している人に対する発展性のない内容ではなく、「日本にいる間に困ったことは何ですか?」という質問について徹底的な調査を行いました。

すると、「カードが使えない」、「ゴミ箱がない」、「トイレの使い方がわからない」、「Wi-Fiがない」など、多くのリアルな声が寄せられました。

さらに、来ている人はなぜ来ているのかよりは、「諸外国から日本に来ない人たちが、来てくれない理由は何か」という観点から調査・分析を行ったわけです。その分析をベースにして、訪日を考えていなかった人に、どうすれば来て貰えるかを真剣に考えて、訪日の対象を大幅に増やすことに成功しました。

世界のどこの国に行っても、1番の観光資源はビーチで2番目は国立公園を中心とした大自然です。伝統・文化だけを求める人は、大体全体の1割から2割程度です。総合的な見地からは伝統・文化の情報も発信しなければならないでしょう。ただ、それだけではたくさんの人が来ない。ですから、そういう多様性も全面的に出しつつ、さまざまな小さな問題を一つ一つ解決してきた結果が3200万人という数字なのです。

そんな中、成田空港を視察したことがあります。当時、入国ゲートに「Aliens(エイリアン)」と書かれていたことが忘れられません。外国人観光客を呼び込みたいと言いながら、せっかく来てくれた人に対して「宇宙人」呼ばわりをしては逆効果でしょう?日本人のための入国手続きブースはたくさんあるのに、外国人用は少ない。日本人はすぐに入れるから日本人の入国が先に終わりますが、日本人のブースは外国人に対応していなかった結果、外国人は延々と並ばなければなりませんでした。

そこで、こうした気づきについて菅官房長官と深く話をしようと打診したところ、法務省に呼び出されました。「入国ブースに立っているスタッフは外国人対応ができない人たちですか?」と尋ねたところ、役人が「外国人対応も可能です」と答えました。「それなら、日本人の対応が終わったら、外国人も同じブースで通せますか」と聞くと「『日本人用』と書いてあるから、外国人は通せていない」と答える。

「外国人は1〜2時間並んで待っている中、日本人用の空いているブースのスタッフはずっと座っているだけで何もしていないのだから、外国人もそこから通したらいいじゃないか」と提案しました。そのときです。菅官房長官が「外国人観光客が着陸してから、成田エクスプレスに乗るまで20分以内で抑えられる仕組みを作れ」という指示を出され、この20分が実現したのです。

こうしたことは小さな問題のように思われるかもしれませんが、そうではありません。日本は国立公園、文化財、伝統文化、食、都心のショッピングなど、潜在的に高い競争力を持つ観光資源をたくさん有しているにもかかわらず、こうした細かいくだらない問題が原因で損をしているとつくづく実感します。こうした中、問題解決能力の高い人材が今、一番求められていることを痛感しています。

各地方に行くと、例えばホテルはよく整備されていても、街やそこにある文化財との連携ができていないことが往々にしてあります。先日、さまざまな先端的な取り組みで知られる秩父のDMO(Destination Management Organization)の方々と話をしたのですが、駅に着いてから、町を代表する重要な観光資源である秩父神社まで案内する看板がないのです。

これでは、予備知識のない外国人には秩父神社の存在すら気づいてもらえませんし、地図を読んでもらおうにも日本語表記だけで極めて難しい。これは看板を新設するだけで解決できる問題です。皆さん高度な話は盛んにされるのですが、足元の低度のことがちゃんとできていないことが多いです。

カードが使えるか、ネット予約ができるかどうか、ホテルが様々な提案を行えるか、メニューは英語化・多言語化されているか。私は、日本はこうした部分で意外に大きな損をしているといつも思います。

これらの基本的なことができていないのに、いくら丁寧に頭を下げて対応したり、「おもてなしの心がすごい」と言ったところで、有給休暇を取り大変なお金や時間をかけて日本まで来ている外国人に不満を抱かれては、その損失を穴埋めすることはできません。

日本の観光戦略のポイントは「みんなで稼ごう」

そういう意味でも、稼いでもらうために実行される観光戦略として、設備投資をしっかり行って観光資源を整え、それぞれの地元で問題解決を図れる人材を育成し、「観光客は何も知らない/わからないのだ」という視点で周りを見ることが重要です。

また、意味のない満足度調査をするのではなく、「来日中、何に困りましたか?」「どうすればもっと楽しい時間を過ごせたと思いますか?」といったことを調査・分析し、解決策を実行することのできる人材が増えれば増えるほど、特に地方を中心とした地域経済の活性化につながってより稼ぐことができるようになり、日本の観光戦略は本来の目的を達成することができるようになると考えます。

日本は食・文化・自然・気候に恵まれた国であるにもかかわらず、観光収入の半分を占める飲食・宿泊業界の生産性・給料は、残念ながら世界の中でも最下位に近い水準しかありません。外国人観光客が持ち込んだ外貨をできる限り円に変えてもらい、この生産性・低賃金問題を解決することがインバウンド観光戦略の最大の目的です。

皆様一人一人に、有力人材としてご自身の業界で外貨収入を獲得していただくことは、自分たちのためだけでなく、従業員や地方のため、そして賃金が30年間横ばいであった国全体のためになることは間違いありません。

小さなことから始め、さらに大きな目的を達成するためにも、観光戦略とは日本の潜在的な魅力を作り上げていくものである必要があります。皆様それぞれの業界で、そうした魅力を稼げる観光資源へと開発していくことができるかどうかが重要です。「量より質へ」も大切ですが、それよりも「みんなで稼ごう」という心を共有できるかどうかが最大のポイントだと思います。

観光戦略を持って経済全体に大いに貢献し、なおかつ非常に賃金水準が低い飲食・宿泊業界の方々の生活を豊かにする人材・戦略を共に築き上げていきたいと思います。

スピーカー

株式会社小西美術工藝社|代表取締役社長 デービッド・アトキンソン氏

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