DXでは近視眼的にならず、視点を一段上にあげることが重要
DearOne 澤|
現在ご担当の、業務領域について教えてください。
三越伊勢丹 北川氏|
私の担当はオンラインチャネルで「三越伊勢丹オンラインストア」というメインの百貨店ECサイトやラグジュアリーECサイトといった、eコマースチャネルの責任者です。
それに加えて、例えばちょっと専門用語になりますが「ささげ」機能(ECサイトやデジタルカタログを作るための撮影、採寸、原稿作業を行う)のためのデジタルスタジオなどのインフラ機能や、お客様との接点として電話・メールを受けるチームも私たちの担当です。
それから新規事業領域、つまり、従来の仕入れて売るモデルだけではなく、新しいビジネスや新しいお客様とのつながり方を生み出していくことも担当しています。
つまり、eコマースのフロント側のオンラインチャネルをしっかり回すこと、裏側のインフラ部分をしっかり整備すること、そしてデジタルによって全く新しいビジネスを作る新規事業という、これら三つを担当しております。
もちろん、それぞれの部門に部長もいるので、私は全体を俯瞰し、オンラインチャネルによってどのようなお客様との接点を作っていくかや、どういうものの売り方をしているか、そしてどのようなサービスをデジタルで実装していくかといった戦略を立てています。その上で、会社全体とその戦略を踏まえ、インフラ機能を含めて実行する戦術を決めていくチームを率いています。
多言語化・データ統合を進めて次の100年へ
DearOne 澤|
WOVNのWebサイト多言語化ソリューション「WOVN.io」を活用されている背景を教えてください。
三越伊勢丹 北川氏|
三越伊勢丹は、コロナ禍になる前はたくさんインバウンドのお客様が来店されていました。特に銀座三越などは四丁目の角にありますので、待ち合わせの場所などとしても大変混雑しておりました。
そんな中、どのようにしてお客様に情報提供しようかと考えたときに、オンラインを多言語化して情報提供できるようにしようという、ごく当たり前な理由から取り組み始めました。自分たちだけでは難しいですから。
というのも、百貨店は情報がありすぎるからです。無数のイベントが走っているので、私も常時全てを把握しているわけではありません。そこには情報のコントロールの仕方という課題もあります。とにかく「Webサイトに何でも載せておけばいい」では、お客様にとっては“Too much”なわけですから。例えば、呉服や美術に興味のない方に、年に10〜20回もずっと呉服や美術の情報が届き続けても困りますよね?「そんな頻繁に買わないし…」となってしまいます。
そうではなく、お客様の普段の行動にどれだけ適した情報量にできるかが重要です。その上で、海外のお客様が求めている情報や、特に魅力の高い情報をどう伝えるかはWOVNさんとの取り組みの中でも留意しています。ゆくゆくは、多言語化の先にあるお客様の期待値を満たす「おもてなし」を提供していけたらと考えています。
DearOne 澤|
「GLOBALIZED インバウンド 2.0|訪日DXで進化する日本の未来」カンファレンスのご講演で、『DXとはCX(コーポレートトランスフォーメーション)そのもの』という言葉が大変印象的でした。改めて詳しく教えていただけますか。
三越伊勢丹 北川氏|
例えば、店舗でものを買うのとオンライン上で買うのとでは、同じ買い物でも裏側で行われていることは全く違いますよね。物があって人が来る場がある前者と、それが全くなくオンライン上にしか接点がなくて、倉庫などから配送されている後者のように、同じ「買い物」という言葉で表される全く異質なものを融合させていくということは、デジタルで何とかできるといったレベルの話では全くないと思うのです。
店舗の仕事、サプライチェーンを分解してみると申し上げましたが、例えば取引先とどんな商品や企画か考えたりすることを一つ一つ分解していくと、「この分解された一連の行動の中で、そのままeコマースに当てはめられるものが何個あるだろう?」と正直思うわけです。
企画の部分は一部重なるかもしれないですが、途中移行の作業は全く異なります。
そうなると「ではデジタル化だ」、「DXだ」ということで、単純にeコマースに着手すればいいのかというと、実はやればやるほどリアル店舗でやることが増え、現場が疲弊していきます。
今までは、例えばバリューチェーンの中では7個だけやればよかったことが、eコマースもやるとなると新規にやらなければいけない要素が増えて15個やるということが起こり、本来、我々が強かった店頭などのお客様との接点が、結果として弱くなってしまうのでは本末転倒です。
このように、デジタル化推進というのは単純な組み合わせや足し算の話ではなく、皮肉にも逆効果の結果になってしまう危険もはらんでいると思います。ですから全体を見据えて、お客様との接点という観点から、例えばお客様にサービスを提供する際の手段の一つとしてデジタルを捉え直すといった具合に、視点を一段上げた議論が必要になるということが、「DXとはCXそのもの」という表現で一番お伝えしたいところです。
「いかにeコマースを活性化させるか?」だけを考えていても、全く答えは出ません。講演でもお話ししたように、店舗って本当にすごいところで、例えばお客様が一日に100人来店したら、100回決済されていくんです。これはeコマースでは考えられないことで、日本橋ではどういうわけか、100人が来店したら140回決済しているという数字もあります。
これが私たちの強みなのだと自覚したとき、我々のeコマースは通常「コンバージョンレート1.5パーセントならまあまあ」と言われる世の中と同じ基準でやっていればいいのかと言うと、「これではむしろお客さんの期待を裏切っているかもしれない」と考えたんです。
例えば、お客様がさまざまなものをたくさん見たくてアマゾンや楽天のサイトを訪れる行動と、伊勢丹を想起されて私たちのサイトにわざわざ来てくれたお客様が想定している買い物の方向と中身では、必ずしも一緒とは限りません。だから、極端なことを言えば我々のサイトは本来、コンバージョンレートが20%以上はなくてはならないはずなんです。
お客様が伊勢丹に来店されても、何もかも買うわけではありません。例えば、お花やお水を買うのに「よし、伊勢丹に行こう!」とはならないですよね。
そうではなく、登壇の機会にすごくいいスーツをきっちりあつらえたいから「よし、伊勢丹メンズ館に行こう!」とか、あるいは田舎に帰るとき、おばあちゃんにいいお土産を買って帰りたいから「デパ地下に行こう!」などと想起していただいた先にある期待値をどれだけオンライン化でも満たせるかと考えると世間一般のKPIでは全然通用しないわけです。
その答えは、世の中のマーケティングの一般常識をいくら勉強しても出てこないので、それらデジタルマーケティングの常識も知った上で、我々自身がオンライン上でお客様にとってどのような存在であるべきかを考えるべきなのだと思います。
それから、どういうKPIでお客様の満足度や市場における評価をきちんと作っていくのかを根本的に考え直す必要があります。そうなると、これは最早DXではなくCXだということになるわけです。そこを厳密に考え直さないと失敗するということは、何度でも強調したいです。
私自身も、コロナ禍という状況の中、たくさん始めていた新規事業を絞り込まなくてはならない場面に追い込まれました。コロナ禍を受け、会社全体の状況が悪化し、新規事業を絞り込んで半分にしたり、場合によっては事業自体をストップしたりといったことをたくさんしてきました。その際に見ていたKPIは必ずしもデジタル化の指標だけではなく、会社として一段上のレベルから見た「お客様にとって必要かどうか」という視点がすごく重要になることを実感しました。
デジタル化は新旧の対立軸でなく、百貨店が長年担ってきた役割の再定義
DearOne 澤|
歴史ある企業なだけに、DXなど新しい取り組みを受け入れ難いメンバーもいたのではないですか?とても難しい取り組みなのではないかと思いました。
三越伊勢丹 北川氏|
進めてきた取り組みは、決して何か新旧の対立軸を持ち込むような性質のものではありません。私は多くの職種・分野を経験し、百貨店にジョインして10年というのは、同じ組織にいた時間としては人生の中でも最長です。では、なぜ残っているのかと言えば、それは今の仕事がものすごく面白いからなんです。
百貨店が好きで「これは今後も社会に残さなきゃいけないな」と本気で考えています。では、なぜ残す必要があるかというと、やはり正当な価格で正当に作られた素晴らしいものを、しっかりお客様にお届けする役割は社会にとって重要だと考えるからです。
今日のお話で「ドーパミンエコノミー」に言及しましたが、人の心を動かしていくようなものには、本来正当な対価があってしかるべきではないかと思います。それはつまり、生み出した方々の努力や血と汗と涙の結晶に対してのリスペクトですが、現状、経済合理性しか働かないと、0から1を生み出した作り手がいくら作っても作っても、彼らにお金の環流が行なわれなくなってしまう場面も散見されます。
それは社会的な損失だと思いますし、そもそも「いい社会だな」、「社会に勢いがあるな」と人々が感じるためにクリエイションが果たす役割や力はすごく大きいものです。
そして、それをしっかり行っているのは、まさしく百貨店であろうと考えています。高いものはきちんと高く卸して、それを買っていただいたお客様には金額を忘れるような幸福な体験をしていただけると確信しています。
例えば、頑張ってすごく高価なコートを買ったらすごくモテたとなると、「高かった」というより「買って良かった」と思うはずですので、これこそが本当の「買い物」なのではないでしょうか。
経済合理性だけで言ったら、世の中には素晴らしい商品、素晴らしい価格のモノは山のようにあって、それが買われることももちろん大切なのですが、一方で本当に価値あるクリエイションに対し、しっかりと価値ある対価を提供できることが我々百貨店の重要な社会的使命だと考えます。だからこそ、「もし我々がそういう矜持を失ってしまったら、一体誰がそこに向き合うのか」くらいの気持ちで向き合っているわけです。
話を戻すと私たちの取り組みは、決して何か新旧の対立軸などを持ち込みたいわけではなく、「元々百貨店がやってきたことを定義し直しましょう」という話なのです。そして、定義し直すときに、今までバリューチェーンやサプライチェーンの中で行ってきたことが、別の場所に置き換わる場面が出てくるので、その因数分解が重要なのだとの認識を社内でも共有しながら進めています。
ですから、決して「今までやっていたことはもうオワコンで駄目だからやめましょう」という対立軸ということでは全くなく、今までやってきた取り組みの中にある重要な部分をいかに残すか。そして、それを残すためにものすごく非効率だったところをデジタル化して効率化させたりしようということなのです。
また、今まで人対人だとせいぜい頑張ってもお客様5人にしか電話できなかったところを、チャットに変えればパッと100人に送れますということで、今までここにかかっていた分のコスト・労力を減らすことができます。
そういった部分をしっかり変えていきながら、同時にバリューチェーンを組み直すことが重要だと考えているので、もちろん最初は対立軸的に捉えられる方も多いですが、こういう丁寧な話し方をして、一緒にやっていく仲間と一丸となって取り組みを進めています。私は外から百貨店に入ってきた人間ですが、元々仲間が中でやってきたことをもっと価値あるものだと自覚してほしいと思っているくらいです。
もちろん古くて大企業的な部分もある会社ですが、お客様に向き合うときの真摯な姿勢には入社したとき感動しました。このほか、いいモノを見つけ出してきてお客様に提案し喜んでもらいたいといった意欲について社内で調査すると、会社全体でその値が高いんです。
「喜ぶ顔を見るのが喜び」であることの度合いが他社と比べても非常に高いということは、私が普段、中にいて実感しているところとも重なり、これはすごく良いことだと自負しています。
だからこそ、新宿伊勢丹や日本橋三越には100年以上の歴史があり、三越自体は今年で創業350周年になりますが、それだけ長きにわたって残ってきたわけです。それもまた、大変に良い強みですし、その良さを失ってしまったらいくらデジタル化しても、それはただのつまらない小売になってしまうだけの話なので、ごくごく自然な成り行きで今のような取り組みになっていると感じています。
DearOne 澤|
オンラインストアへの展開や、最高の顧客体験の提供を実現するには難しいことも多いと思いますが、そこはどのような戦略を取られていますか?
三越伊勢丹 北川氏|
そこは、オンライン単体で成立させようとは全く思っていません。
もちろん、中にはオンライン単体で完結する購買行動もあるかもしれませんが、仮にオンライン単体で完結したとしても、お客様はもし「どこで買ったの?」と聞かれたら「伊勢丹で買った」と答えるわけです。
店舗で買おうとオンラインで買おうと「伊勢丹で買った」、「三越で買った」と言っていただくのにふさわしい商品ラインナップが最低限揃っている必要があります。eコマースの常識の中で「ロングテール」などと言われるように、「多種多様な商品がある中、検索してもらえばニッチな商品にもきっちり行き当たるはずだ」といったロジックで我々がeコマースをしたとしても、お客様は「伊勢丹にそこは期待していないから」というような、ほとんど意味のないeコマースになってしまいますよね。
むしろ、お客様の期待値に近いもの、例えばランドセルや、チョコレート見本市「サロン・デュ・ショコラ」で新しいデザイナーの新作発表やコラボレーションを行ったりなど、お客様が熱狂するようなプロダクトやサービスなどの人気商品・コンテンツこそ、「そうそう伊勢丹、これやってくれてありがとう」と言ってもらえるような施策であり、これをまずオンライン上にも揃えることが必要だと考えています。
なぜなら、数をたくさん捌きたい場合は、当然オンラインの方がいいわけです。例えば、店頭で「5,000個売ります」というと、「POSの処理×5,000」が必要になり、それこそ7階から1階まで長蛇の列ができてしまいます。
これをオンライン側に振ることができたら、お客様は「買う」という行為をオンラインでさっと済ませることができます。そして、店頭に来ればいろいろなショコラティエたちと話をしたり、試食ができたり、他のチョコレート好きがどんなチョコに興味を持っているかの情報を得たりなど、そういうリアルだからこそできるような体験に特化できたら、例えば「買う」という行為だけのために4〜5時間待ったりする必要もなくなります。
このように、オンライン上で買える。そして店頭に来たときに最大の価値ある経験ができるという形も、まさに百貨店ならではの組み合わせの仕方ではないかと考えています。決してオンライン単体ではなく、お客様が伊勢丹・三越に期待するラインナップを揃え、店頭でできないことをオンライン側でしっかり具現化するという補完関係において初めて、最高の顧客体験が提供できると考えています。
使われないデジタルサービスでは意味がない。判断基準は「お客様が幸せになっているか」「良い顧客体験か」
DearOne 澤|
店頭同様、One to Oneマーケティングなどオンライン上でも顧客体験向上の取り組みをされていますか?
三越伊勢丹 北川氏|
一口に「おもてなし」と言っても言葉の幅が広く、「丁寧に接客することがおもてなし」だという人もいれば、「利便性が極めて高く、ノーストレスで買い物したりサービスを受けたりできることがおもてなしである」と捉える方もいるので、「おもてなし」の定義は人によってまちまちだと思います。
その上で、オンライン側の「おもてなし」とは、まず利便性をしっかりと担保することだと思っています。なぜなら、お客様が私たちに期待するのは、「あれだけのプレミア商品・コラボ商品が、水や本を買うのと同じように、サッとオンラインで買える。さすが伊勢丹だな」という側面であり、これこそ「おもてなし」だと考えるからです。まだ道半ばですが、まずはしっかりとオンライン側の利便性を高めることが、まず「おもてなし」の一つの重要なポイントだと思っています。
それから、「相談したい」などの接客部分に関しては、「三越伊勢丹リモートショッピング(MIRS)」*1https://www.mistore.jp/shopping/campaign/mirs_cp.htmlアプリなどのツールには、店頭のスタッフとつながれる機能がありますので、もし接客を受けたり相談したいというときには、そちらの機能を使っていただくのが便利です。しかし、このリモートショッピングについては、実際の利用者は劇的に増えるわけではないというのが現実です。
「リモートショッピング」が提供している価値をしっかりと認識し、それが本当にお客様を幸せにしているのか、を基本に活用場面を絞り込むことで利用頻度を高める、また頻度高く利用したいと思って頂けるお客様に使って頂く、という形に持っていきたいと思っています。
例えば、直接店頭に来ていただける方々が、相談したいときに予約ができたり、あるいは何か事前に情報を得たりできる機能があって初めてリモートショッピングにも意味があるのだと言えると思います。いくら「リモートショッピングが便利ですよ」と言っても実際には使われず、「面倒臭いからいっそ直接店頭に行ってしまおう」となるわけです。
他方、例えば沖縄や遠方の島に住んでいて、新宿に直接来られないけれども、商品にとても興味があるので接客を受けたいときにリモートショッピングを使ってもらうなど、シチュエーションごとの整理が重要なのですが、あると良いよね、というイメージだけで進んでしまう、いわゆる頭でっかちな状態になってしまうことも多々あります。
単純にリモートショッピングがあっても、即お客様が幸せになるわけではなく、さらに言うとリモートショッピングで赤字を含む可能性もなきにしもあらずです。
実はデジタル化はそういう矛盾をはらんでいます。頭でっかちで便利だと思い込んでいますが、「実際は使われていないじゃないか」という現実をしっかり見極めるためには、一段上の視線に立って全体を見ることが不可欠です。
私の立場が仮にただの「デジタル担当」でそれを推進することが目的であれば、「気持ち良い接客だったか」、「何件使われていたか」、「いくら売上があったか」と目の前の数字しか見なくなりがちですが、そうではなく、これを俯瞰して本来狙うべき数字に即しているのか、見極められるかどうかこそが本質なのだろうと思います。
さらに、データをしっかり分析し、外商などがそれを活かせるような状態をどのように作り上げる専門組織として「データ戦略部」という部門があります。必ずしも全部のデータをバケツに入れて混ぜるように統合すればいいという話でもなく、弊社ならではの強みを活かして、最終的にお客様が幸せになるソリューションをどう提供するのかから逆算して、どのデータを統合・活用するのかを考えています。
DearOne 澤|
DXはCXそのものなのだというお話に通じますね。そうするとECやアプリは最終的に店舗に送客するためのツールという側面も強いのでしょうか?
三越伊勢丹 北川氏
そこは両方です。リモートショッピングのように、「店舗に直接行こう」という行動が誘発されたら最終的には店舗への送客になりますし、反対にアプリやeコマースサイトの中で完結することがお客様にとって最も快適な体験なのであれば、それはそれでいいわけです。
いずれにしても「良い顧客体験」が重要で、「送客」と言ってしまうと、KPIが「送客数」になってしまいます。そうすると「送客するための情報を流さなきゃいけない」ということになり、お客様にとって不要な情報が山のように送られたりしかねません。
何かのアプリをインストールしたら、「お客様への新着メッセージ26件」とかよく届きますよね。そんなに送られても見ないですよね。なぜそんなことになるかというと単純で、「送客」がKPIになっていて、何件送客したかが運営組織の成績になるからなんです。
そこをKPIに置いてしまうと、例えば「5万人送客しました」、「評価Aです」などとなりがちなのですが、「それで誰が幸せになったの?」、「結局売り上げにつながっていない」、「お客様の満足度も上がっていない」なんてことはざらにあります。
これは大企業がよく陥りがちなのですが、本当は会社全体がしっかりと有機的につながって一番元気な状態になっていることを最重要KPIとし、それを何の数字として表すかを分解していった先が「送客」であるということならこれはいいです。しかし、「デジタル担当の目的は店舗への送客だ」、「店舗への送客に必要なものは数だ」となってしまうと、一部しか見えていない、というレベルにとどまってしまうというわけですね。
データに基づき「科学できるところを科学する」
DearOne 澤|
一段どころか、何段も上から全体を俯瞰しておられますね。
三越伊勢丹 北川氏|
そうでないと、戦術は蓄積できないと思います。これこそがCXで極端な話、アプリはダウンロード数自体を目的とするなら、広告を打てば数字は上がります。ただ、それだけでは離脱率は激しくなります。最初に5万ダウンロード達成して、その瞬間だけなら評価は「S」でも、1ヶ月後にアクティブユーザが大量に減って、アンインストールしている人もたくさんいて、お客様が幸せになっていないのであれば、何の意味もないわけです。
そうではなく、「アプリ起点というのは何のためにあるのか?」と問うなら、お客様の店頭における利便性などにつながるはずなんです。例えば百貨店で言うと、「アプリで100ポイント付きます」と言ったところで、そんなにお客様を幸せにはしていません。なぜなら、50,000円以上の高額なお買い物をしてもらって500円安くなったところで、1,000円のものを買って500円安くなるほどのインパクトはないからです。
そんなことよりも、「いつもたくさん伊勢丹を利用している私は、稀覯品を優先的に買えた」という体験の方がよっぽど幸せになれます。そこさえしっかり見極められれば、自然と「追うべき数字は送客数やダウンロード数ではない」という風になってくるはずです。
DearOne 澤|
外商に力を入れるようになったということにも通じるお話ですね。
三越伊勢丹 北川氏|
その通りです。外商は売ることが目的ではなく、お客様のニーズを満たしていることをもっと誇っていいと思っています。結果として売れたというだけのことで、例えば三越伊勢丹に在庫がなければ「高島屋さんにあります」とお話しするのが外商の仕事であり、お客様にとって幸せが訪れるためのサービスを外商が100年以上続けてきたからこそ、これだけ長い歴史になったのだと考えています。
数字だと結果がわかりやすいので、もちろん目標としての数字もあるのですが、むしろその数字を成り立たせるにはどういう心構え・アクションを取るべきかという、プロセスの因数分解ができているかどうかや、それに応じたKPIが置かれているかどうかの方が重要です。数字だけを追えばいいのであれば、ひたすら高いものだけ売っていればいいわけですから。あるいは高額なコートを「10万円で買いたい」、「もうちょっと頑張ってください、15万円ならいいです」といった値引き交渉をやればいいということになります。
ただ、それによって本当にお客様を幸せにしているのかどうかと問われると、何を目的にしているのかがわからなくなってきます。寒さを防ぐだけであれば、GUさんやユニクロさんに十分素敵で暖かいコートがたくさんあるわけで、そんな中、わざわざ百貨店に来てくださったことの意味をしっかり把握することこそ重要です。「なるほど、デートがあるんですね」、「そこで『素敵』って言われたいですよね、わかりました!」といった具合にお客様のニーズをしっかり満たせるかどうかが大切なんです。
事前に具体的な売上に至るプロセスを理解しつつ、その中で絶対に外しちゃいけないポイントが何かがきちんと設計されている。それが阿吽の呼吸でできていたのが今までの外商だと思います。
デジタル化の時代においては、そこをきちんと因数分解して、特定の社員以外でもお客様に対して提供できるようにすることが肝心です。外商の中でも、宝飾の専門家は洋服の専門家ではないですが、もし洋服に関して相談を受けたら、すぐに望みの商品をご提供できるようにすることがデジタル化の効能だと思います。
最近、弊社社長 細谷が強調しているのは、「しっかり科学できるところを科学しましょう」ということです。痒い所に手が届くサービスをしっかりと組み上げる緻密な「科学」を重視していけたらと考えています。
一方で最終的に、「この商品素敵!」、「何か気になる」という感性に訴える部分が付加されることで、我々の本当の強さが出せるのだろうと思っています。私たちはお客様に「伊勢丹ともあろうものが」とお叱りをいただくことがあるのですが、しっかり科学できるところを科学して、伊勢丹に来たからにはと求められる一定水準以上の商品・サービスを提供していけたらと考えています。
DearOne 澤|
本日は大変貴重なお話をありがとうございました。
※この記事は、2023年2月 取材時の情報です
関連リンク
Wovn Technologies – 日本語サイトの多言語・自動翻訳
*1 | https://www.mistore.jp/shopping/campaign/mirs_cp.html |
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