今回の「海外Hot Info」は「メタバース」とは一体何なのか、そしてメタバースの現在について株式会社トラストバンクの森杉育生さんにお話を伺いました。
メタバースの理想形を規定する7つの特徴とは
安田 今回もよろしくお願いします!今日はどんなテーマでお話しいただけるんでしょうか?
森杉さん(以下、Mr.モリスギ) 今回は「メタバース」とは結局何なのかの振り返りと、メタバースの現在についてお話しできたらと思います。メタバースについては過去の海外HOT Info でも紹介したことがありますが、今のタイミングで一回おさらいしておくと役に立つかもしれないと思っています。
まず、そもそもメタバースとは何なのか。実は「明確な定義はない」とよく言われています。
ただ、世間の共通認識として語られることの多い話をまとめると、上記7つの特徴があると言えます。このうち、「空間性」「同時接続性」「相互接続性」はまだ実現できておらず、「自己同一性」「創造性」「経済性」「連続性」が徐々に実現できつつある状況です。
本来はこの7つ全てを満たすものを「メタバース」と呼ぶべきなのですが、そのような完璧なものはまだできていない現状だと思っています。
一般的にはメタバースというと、何となくオンラインのバーチャル空間といった感じのイメージだけがあるかと思います。
他方、理想型とされるメタバースはリアル空間とデジタル空間が連続的に相互接続されているXR(クロスリアリティ)も含まれます。また、どんな空間であっても色や姿形はさまざまなアバターで自己同一性は保たれていています。騙りや偽物などがいないということですね。
さらに、いろんな人が多様な空間でモノやサービスを作り提供する経済活動を行っており、リアルの場とデジタルの場が全て地続きにつながっています。
安田 それこそがメタバースなんですね。
Mr.モリスギ はい。だから、単にオンライン空間で何かわちゃわちゃ交流することがメタバースというわけではないんです。厳密に言うと、それもメタバースの一部ではあるのですがかなり局所的な話に過ぎず、「そんなことははるか以前から、オンラインゲームの中でできていたじゃないか」と言われてしまうと思うんです。
だから、もう少し広い概念でメタバースを捉えると、もっとイメージしてもらいやすくなるのではないかと考えています。
安田 なるほど。私などは「ドラゴンクエストXI(ドラクエ11)やファイナルファンタジーXIV(FF14)などはメタバースではないのか?」と思ってしまうのですが、必ずしもそうではないということですね。
Mr.モリスギ 私の意見としては、上記の特徴の7分の4くらいを満たす「メタバース」特徴を持つのではないかと思います。
安田 また、テレビのニュースなどで、よくVRのゴーグルを着けているだけで「メタバース」って呼んでいますが、「あれのどこがメタバースなんだろう?」と思うことは確かにあります。
Mr.モリスギ 1つ目の「空間性」という特徴だけに関して言えば「メタバース」かもしれませんが、他の特徴まで出来上がっているかというと、まだまだだと思いますね。
メタバースということでよく話題に上るサービスというと、「Fortnite」「Roblox」が有名です。
彼らも「空間性」「同時接続性」「相互接続性」はまだ実現できていないのですが、それでも他のプレイヤーよりこれらのコンセプトに近づきつつあるプラットフォームだと思います。
「Fortnite」にしても「Roblox」にしても、元々はオンラインゲームから拡張する形で、メタバース方向へ概念の移動が起こっていて、そこにさまざまなゲームのパブリッシャーや旧FacebookであるMETAなどが参戦してきています。
そのほか任天堂やSteamといったゲームプラットフォーム、Unreal EngineやUnityなどのゲームエンジン、バックエンド側のAWS、Epic Online Servicesなど、現在はゲーム業界のさまざまな立ち位置の企業が、どれもすべて一緒くたに「メタバース」と呼ばれているような気がします。
ただこの辺の技術をベースに将来、真のメタバースが作られていくのだろうと思いますので、そういう意味でキーとなるのはこれらオンラインゲーム業界であることは間違いなく、注目すべきだと思います。
安田 これらゲーム業界の人たちがメタバースを目指し転換していく背景ってどこにあるのでしょう?
Mr.モリスギ 先ほどの話に近いのですが、メタバースの環境・理想郷を作りたいと思ったときに、これまでゲームを開発してきた技術が使えるということだと思います。
もちろん、ゲーム自体は元からメタバースを目指したいたわけではなく、「オンラインで皆が暇を潰して楽しめるものを作ろう」ということで、それこそドラクエ11やFF14は作られていると思います。
ただ、そこで大量に接続する技術、より綺麗なグラフィックを作る技術、そしてネット体験を楽しくするための企画力となると、やはりオンラインゲームがピカイチなんですね。
オンラインゲームって他のサービスと比べると、一番「総合芸術」的な側面があると感じます。例えば、ネットワークの技術力からコンテンツの企画力まで全部揃ってないとユーザーはついてこないじゃないですか?
そういった一連の技術セットが、メタバースを構築するのに必要な要素を備えており、オンラインゲーム業界が注目されている理由なのだと思います。
安田 なるほど。
「垂直統合型」Robloxと「水平展開型」Fortnite
Mr.モリスギ メタバースに近いと言われている2社のことを少し詳しく説明します。まず1社目は「Roblox」ですが多分、今でも日本ではそこまで人気ではないと思います。日本ではむしろMinecraftの方が人気があるのですが、アメリカでは特に子供たちの世代にRobloxが大人気です。
例えば10代とか、さらに若い8歳の子など、いわゆるZ世代やα世代の若者がかなりアクティブに遊んでいるプラットフォームです。
「Roblox」という名前はゲームのタイトルみたいに見えるのですが、中身はさまざまなゲーム開発者が作ったゲームタイトルが相互接続できるプラットフォームになります。
Robloxはサーバ、開発ツール、それからApp Storeのようなストアを提供し、その上に不特定多数の開発者が3D空間ゲームアプリを提供しています。
基本的にはRoblox Studioという開発ツールを使えば、自分でRobloxゲームが作れ、リリースしたゲームの中でユーザーに遊んでもらったらゲーム内通貨の形でお金を稼いで、それをリアルマネーとして出金できる仕組みになっています。
7つの特徴に照らしてみると、まず「創造性」があってさまざまなものが作れます。「経済性」については、ゲーム内通貨とリアルマネーがきちんとつながって一種の経済を形成しており、もはやこれで生活している開発者もいるくらいです。
「連続性」に関しては、このRobloxプラットフォーム自体はずっと止まらず延々と動いています。最近のトレンドとして、やはりアバターの着せ替えやアバター自体の変更がそのまま自分を反映する存在になっています。
そしてRobloxの中で、このキャラクター同士でおしゃべりしたり一緒に遊んだりできます。しかも、それが一つのゲームだけではなく、さまざまなゲームでこの同じアバターを使い回したり行ったり来たりできるため「自己同一性」もあるわけです。
このように、7つの特徴のうち4つくらいは満たしているのではないかということで、このRobloxが今の段階では垂直統合的にいろんなものを提供しながら最もメタバースに近いものを作っているのではないかと思います。
安田 やはり具体例で説明いただくとわかりやすいですね。ちなみに、どうなると残りの3つの条件も満たせるのでしょうか?
Mr.モリスギ まだ正直答えはないのですが、その3つがどうして難しいのかは後ほど説明しますね。
「メタバース」のもう一つの代名詞企業がEpic Gamesです。その有名なタイトルが「Fortnite」ですが、Fortniteだけを作っている会社ではなく、実はUnreal Engineというゲームエンジンや、Epic Games StoreというこれもApp Storeみたいなストアも展開しています。またバックエンド側ではAWSのような、オンラインでゲームをプレイするためのサービスのバックボーンもあります。
こうしたもろもろがあった上で、さらにFortniteでエンドユーザーにリーチできるという形で、かなり広範囲にわたりエコシステムを形成している会社です。
このUnreal Engineは、基本的にAAA(トリプルエー)ゲームという、PlayStationやNintendo Switchなどで数百万ヒットを出すようなハイエンドなトップティアのゲーム開発スタジオに使ってもらうことを想定しているのでグラフィックなどがかなりハイクオリティなんです。
例えば、PlayStationやNintendo Switchでプレイできるドラクエ11のほか、スターウォーズのスピンオフ映画『ローグワン』などもUnreal Engineで作られるなど、ゲームだけでなくフィルム制作にも使われいるんですね。
このほかトップクリエイター向けの制作ツールでゲームを開発・リリースできるEpic Games Publishing、Epic Games Storeや、オンラインサービス、Fortniteなどを擁しているということで、ゲーム開発者のネットワークをどんどん広げていくことで水平展開型のメタバースを作ろうとしているのがEpic Gamesの特色です。
つまり、彼らはもちろんFortniteも大事だと思っているけれども、決して全てをFortniteに集約したいわけではないという立ち位置です。Robloxは対照的に、間違いなく全てをRobloxに集約したいと考えていますが、Fortniteでは「開発者が自分で作るゲームは自身のタイトルでFortniteの外にあるストアで出してください」といった風に、囲い込んで閉じ込めようとしない姿勢が顕著だと思います。
これには、対象としている開発パートナーの規模がかなり異なることに加え、そもそものアプローチが違うことも大きいと思います。Robloxは割とリソースに限られている中小デベロッパーがメインターゲットで垂直統合に、FortniteはAAAタイトルを作る大手スタジオがメインターゲットに水平展開型に、というイメージです。
Epic GamesにとってはFortniteも大事だけれども、おそらく「メタバースの実験場」くらいの感じに捉えているふしがあります。今後は特にAAAゲームでなくとも、中小デベロッパーやRobloxの中で個人的にゲームを作っているような人たちなど、もう少しローエンドのユーザーに対してもクリエイターエコノミーを、Fortniteの中にも作っていくのだろうとは思います。
さまざまな技を駆使して、大手デベロッパーと中小デベロッパーの双方にアプローチするというやり方がEpic Gamesの特徴だろうと思います。
Epic Games創業者のTim・Sweeny氏は1990年代から活動しているのですが、その頃からメタバース的なものを意識してビジネスを展開しているので、間違いなく真のメタバースを目指している会社だと言えます。
おそらく「メタバース」という言葉が流行る前から、メタバースに取り組んできた企業の一つですね。
安田 1990年代なら、そういうことになりますよね。
Mr.モリスギ 以上、RobloxとFortniteが今はメタバースの二大巨頭ですね。
安田 どちらもエコシステムの形成というところが、仕組みとして入っているんですね。
Mr.モリスギ はい。エコシステムに加え、3D空間の中でアバターで自己実現できることや、大規模な接続があってもしっかり持つインフラなどが整備されている印象ですね。
安田 つまり、あくまでRoblox網の中で完結する前者に対し、後者はFortniteの部品取りのような形で「一部だけを使ってもいいよ」という違いですかね。ゲーム開発プラットフォームだけ使ったあとは、外側でリリースしてもいいということで、非常にオープンだと感じました。
Mr.モリスギ はい。Epic Gamesは自分たちが単体でメタバースを作れるとは思っておらず、そこは外部のパートナーと協力関係が必要だという発想ですね。
安田 よくわかります。
Mr.モリスギ Robloxの方も基本的な発想は同じなのですが、ただしそれはRobloxの中でやってくださいということなんですね。そういう発想の違いでくっきり二分されています。
安田 面白いですね。
メタバース実現の課題「空間性」の壁は越えられるか?
Mr.モリスギ それでは、彼らにもまだできていないことは何か?正直、明確な答えはなくて、いつ実現できるかもわからないような話なのですが、「互換性」「同時接続性」「相互接続性」の3つを実現するのが、技術的にもビジネス的にもものすごく難しいというのが現状だと考えています。
「空間性」というのはオープン/クローズド、あるいはオフライン/オンラインの場でも常につながっている状態のことで、聞いただけでも難しそうだなと思われるものです。
例えばXRデバイスが実用化され、私が今いる部屋とデジタル空間とが簡単に切り替えられるなど、デジタルツインみたいに同期をしているような状態にならないと、「空間性」で求められるオフライン/オンラインが地続きな状況は実現できないと思います。
そして、これを実現しようと思ったら、スライドに記載したようなAR/VR/MRデバイスが相応の水準・安価で普及しない限りは難しいでしょう。
これに対して、「既に実現されているスマホのARでいいのではないか?」という声も挙がりそうですが、それにしたって「Pokemon GO」以降、特に何も生まれて来ていない現状なので、スマホARの体験にも限界があるだろうと思います。
またVRにしても、いわゆるOculus Questのゴーグルがようやく1,500万台くらい売れましたが、主に使われているのはやはりゲームです。Meta法人向けにPCみたいに使ってほしいと考えているのですが、これをかぶって仕事の効率をPC以上に上げられるかというと、まだちょっとハードルが高いなと感じますね。
だから、ここから急に1億台とか10億台みたいなペースで販売が伸びるかというと、大規模な法人利用や、個人ワークのイノベーションが起きるくらいの次のキラーアプリケーションが出てこないと厳しいと思います。
またMRは、Appleも独自製品を開発中という話もありますが、これはこれで技術的にものすごく難しいんですね。
今、Magic LeapやHoloLensなどが出てきていますが、そういったデバイスはそもそもすごく高価ですし、それを使ってできることも、汎用利用できてすごく楽しいという感じではまだなく、例えば軍隊が特定のミッションのシミュレーションに使うとか、すごく用途を限定した法人利用が実際の主な使われ方になっています。
これがiPhoneみたいに、誰もが当たり前のように使える状態になるには、私の感覚としてはまだ10年くらいはかかるのではないかと思います。
安田 確かにそうでしょうね。
Mr.モリスギ もちろん、もしかしたらiPhoneみたいなXRデバイスAppleから出てきて、XRやMRの世界がすごく広がる可能性もなきにしもあらずですが、そういうことが起こって「死の谷」を突き抜けたりしない限りはなかなか遠い道のりだと思います。
スマホもかつては、BlackBerryもありましたが、iPhoneが出てくるまではなかなかガラケーを超えることができず、しばらくPDAやタブレット類がくすぶっていた時期がありましたが、iPhoneの登場で一気に普及しましたね。
XRなどのデバイスはまさに今、その「死の谷」の底辺りにいるのだと思います。そこから這い上がってくる何らかのブレイクスルーがない限り、メタバース実現のための重要な一要素である「空間性」を十分実現することは難しいでしょう。
安田 電車でゴーグルを着けている人を見た試しがないですが、そういう風景が見られるようにならないとまだまだ普及しているとは言えないでしょうね。想像しただけでちょっと怖い光景ですが…。
Mr.モリスギ ただ昔の人が、今電車で皆がスマホをいじっている光景を見たらきっと怖いと思うでしょうから、要は慣れの問題かもしれません。
安田 確かに!慣れてしまえば普通のことになる。その変化って急に来るんですよね。
Mr.モリスギ はい。ブレイクスルーのハードルが高く、そうした変化がいつ来るかの答えはまだないのですが、画期的なデバイスがいつ頃登場しそうかといった動向には注目しておくといいでしょう。
安田 デバイス自体の価格と機能も影響してきそうです。
Mr.モリスギ そこは大きいですね。それから、私も実際にMagic LeapやHoloLensを使ったことがあるのですが、スマホやPCを超えるほどの利便性はまだ作れていないかなと感じました。今後、一体どうなっていくのかに要注目の分野です。
≪安田`s Memo≫
メタバースを規定する7つの特徴のうち、「空間性」「同時接続性」「相互接続性」はまだ実現できていない。「空間性」を実現する画期的デバイスの今後の動向に要注目!
―次回の【海外Hot Info】では、「進化するメタバース体験!RobloxとFortniteを起点とした新たなコミュニティとデジタル消費の広がり」について、引き続き森杉さんにお話を伺います。次回もぜひお楽しみに!