今回は、不況時におけるスタートアップやVCが行うべき施策について、引き続き株式会社トラストバンクの森杉育生さんにお話を伺いました。
―――世界各国の先進的な取り組みから、旬で“GROWTH”につながりそうな企業・サービスをご紹介する「海外Hot Info」。10年以上デジタルマーケティングに携わってきたGROWTH LABの三石所長(当時)が、その知見をもとに海外のデジタルマーケティングのトレンドについて切り込みます。
幸運は、用意された心のみに宿る
三石 前回は、今世界で起きている不況の要因と、今後の見通しの暗さについて話を伺ってきました。今回はそれを踏まえて、スタートアップが不況下で何をすべきかについてさらに森杉さんにお話を伺っていきます。森杉さん、今日もよろしくお願いします!
森杉さん(以下、Mr.モリスギ) よろしくお願いします!
Mr.モリスギ 今回の不況に限らずですが、生き延びるためにまず私たちが肝に銘じておくべきことがあります。それは、準備です。
Sequia Capitalが投資先スタートアップに向けて紹介した言葉で「Chance only favors the prepared mind(幸運は用意された心のみに宿る)」がありまして。これは生物科学者のパスツールが学者が新たな発見ができるのは入念な観察と心構えがあるからこそ可能であることを指した言葉なんですが、非常に今の状況を表しているなと。
不況下では、準備ができた者だけが生き延び勝利します。特にアーリー段階のスタートアップは「少なくとも2年間は生き延びていけるだけの資金を確保しておく必要がある」と言われています。
三石 まずは心構えと準備が必要というわけですね。
Mr.モリスギ そうです。具体的にビジネスが生き残るには、次の4つが必要です。しかも、タイミングを逃さず高速に実行しなければなりません。
①新たな収益源を作る
②ユニットエコノミクスを改善する
③コストをカットする
④次の運転資金を得る
三石 なるほど。この4つには優先順位があるんでしょうか?
Mr.モリスギ 厳密にいうと全部やっておくべき話かなと思います。①や②だけですむなら企業としてはとても優良ですが、いざという時にそなえてやはり③も④も必要になってくるのではないでしょうか。特に不況下で先行き不明ならなおさらかと思います。
三石 これだけ万全にしておかないと、生き延びることが難しいと。
Mr.モリスギ そうです。実際に苦しいビジネス環境に直面して今でも生き延びている企業として紹介したいのがAirbnbです。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
準備ができた者が生き延び勝利する。その意識を土台として、①新たな収益源を作る ②ユニットエコノミクスを改善する ③コストをカットする ④次の運転資金を得る という4つの準備が求められる。
4つの準備とAirbnb
Mr.モリスギ Airbnbは、空き部屋を短期間で貸したい人と、旅行などで宿泊地を借りたい人をマッチングするサービスを提供している企業です。
ちょうど今から2年前、コロナ禍の直撃で、2020年春に旅行のキャンセルが相次いでAirbnbの売上高は67%も減少しました。しかも、当時はコロナ禍がいつ収まるかもわかりませんでしたので、回復の見込みは一切ありませんでした。次の四半期はさらに売上が半分減ってもおかしくない状況でした。
三石 日本でも旅行業は大打撃を受けました。Airbnbのサバイバル戦略 は、日本企業にも役に立ちそうですね。上の4つの準備に当てはめると、Airbnbはまず何をしたんですか?
Mr.モリスギ 観光目的の旅行は激減しましたが、逆にコロナ禍でリモートワークが増えましたよね。この流れの中で、いわゆるワーケーションの需要が伸びていきました。
そこでAirbnbは、観光目的の旅行を完全に切り捨てて、ワーケーションを中心とした長期滞在客に徹底フォーカスしました。これが①「新たな収益源を作る」にあたります
三石 なるほど! ②「ユニットエコノミクスを改善する」というのはどうですか? そもそも、ユニットエコノミクスとは?
Mr.モリスギ ユニットエコノミクスは管理会計の指標のひとつで、たとえばCAC(顧客を1人獲得するためのコスト)はいくらかかっているのか、どれくらいLTV(顧客生涯価値)利益があるのか、などを元に企業がそれぞれ重要だと考えて設定している単位あたり指標のことです。
よく例に上がるのは、SaaS企業のユニットエコノミクスはLTV÷CAC > 3であるべきという話ですね。
たとえばAirbnbでは、1宿泊予約を獲得するためのコスト(CAC)はユニットエコノミクスを構成する1つの要素だと考えられます。それに関連して、パフォーマンスマーケティング(※)を大幅にカットしました。
パフォーマンスマーケティングのコストを半減させても、Airbnbにくるゲストのトラフィックはほぼ減らなかったことがわかり、代わりにブランドマーケティングに投資することにしたんです。要するに意味のない広告を減らして、顧客獲得コストを下げて、ユニットエコノミクスを改善したということですね。
GROWTHLAB編集部注:「パフォーマンスマーケティング」とは、顧客がパフォーマンスを起こしたときにだけ広告料が発生するという、成果報酬型のマーケティングのこと
三石 ①だけですむならベスト、すまなければ②もやる。そして次に③「コストをカットする」ですね。
Mr.モリスギ ③はリストラも含めたコストの見直しですから、避けられれば避けたいところです。しかしAirbnbは、この2年で1,900人のリストラを行いました。これは全従業員の25%にあたります。アメリカ企業はかなりアグレッシブにリストラしますが、その中でもこの事例は苦境を表していると思います。
三石 かなり多いですね! そんなに人員を削減しなくてはならないほど、経営が圧迫されていたんだなぁ。最後の④「次の運転資金を得る」も、できれば避けたいところですよね。
Mr.モリスギ そうですね。もちろんアップラウンド(企業評価額が高くなる株式による資金調達)はみんなやりたいんですが、それができなくなるという話ですからね。当たり前ですが、資金がなくなってしまうと会社が運営できなくなりますから、そうなる前に資金調達を実行しなければなりません。必要であれば、ダウンラウンド(以前よりも低い企業評価額となる資金調達)、株式ではなく借入による調達、高い利子など不利な返済条件などの厳しいラウンドになったとしても資金調達をする。これが④の準備です。
ちなみに、Airbnbはコロナ禍の苦境で、年利10%利息で1,000億円を借り入れしています。日本でも、ANAやJALなどもAIrbnbよりも大きな額の借入をしてましたよね。
三石 10%ですか! これだけ見ても、いかにAirbnbが窮地に立たされていたかが分かりますね。
Mr.モリスギ これくらいドラスティックにお金を集めなければ、生き延びられないということです。もちろん何でもカットすればいいというわけではなくて、そこは選択と集中が大事になってきます。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
生き延びるためには、「肉を切らせて骨を断つ」決断が求められることもある
この不況は、スタートアップにとって逆にチャンスになりうるか
三石 いやあ、すごい話でした! 前回の記事からずっと希望のない話が続いているようにも思えるんですが、こんな状況でも希望はあるんでしょうか?
Mr.モリスギ 最も重要で将来のレバレッジが利く投資は、困難な状況であっても続けていくことです。それが将来へとつながっていくといえます。
たとえば、不況下で仕方なく取り組んだユニットエコノミクスの対策が新しいサービスにつながったり、良い学びになったりもします。この不況を生き延びること自体が、スタートアップにとっては成長のタイミングとも言えるんです。Airbnbもマーケティングコストもコロナ禍でピンチになったから無駄を削ぎ落とせたと言えます。一方で、コアなホスト体験と長期滞在にコミットするのは投資を怠らかったことで、よりユーザー体験は上がったのではないでしょうか。
三石 ちなみに、これはアメリカだけの問題なんでしょうか? 他の地域や国はまた事情が異なるんでしょうか?
Mr.モリスギ インフレという観点では、世界中どこも同じような状況になっているのではないかと思います。日本もすでにインフレしてますが、給料は上がってないですし、単純に家計がつらいという状況になっていますよね。ただ日銀が債務超過になるので、利上げもできないという状況で、日本はちょっと事情が違うかもしれません。
三石 ああ、確かに……。ちなみに先ほど、一部の企業ではキャッシュは余剰にあるという話が出ました。そのような企業にとっては、今なら安く事業や会社が買えるわけですよね。だとすると、逆にチャンスでもあると思うんですよ。
たとえばキャッシュが余っている日本の企業がスタートアップを取り込んで、社内の活性化とか新領域への進出にチャレンジする。そんなチャレンジも面白そうですよね。日本も不況になるのなら、そんな余裕はないかもしれませんが。
Mr.モリスギ 日本の円安がどう転ぶかでしょうね。
三石 個人的には、この状況が日本の硬直的な部分を打破するきっかけになればいいなと思っています。
≪三石所長(当時)`s Memo≫
不況を生き延びるためのさまざまな施策が、スタートアップをさらに成長させる!
三石 今回もありがとうございました!
―次回の【海外Hot Info】も、引き続き森杉さんにお話を伺います。次回もぜひお楽しみに!