この記事は、2023年11月15日に開催した『TSIホールディングスが取り組むOMO戦略|Growth Summit 2023』のウェビナーレポートです。
はじめに
DearOne 安田|
こんにちは。本セッションは「TSIホールディングスが取り組むMO戦略」というテーマで進行していきます。よろしくお願いいたします。早速、登壇者に自己紹介していただきましょう。
TSI 岸氏|
こんにちは。株式会社TSIのプラットフォーム本部で、デジタルプラットフォーム部を担当している岸と申します。
元々ストリートブランドのアパレル企業で店舗スタッフ、CRM、ECと幅広く経験してきました。その後、2015年に株式会社TSI ECストラテジーというTSIグループのEC推進を担当する子会社に入社し、TSIグループ横断のデジタルマーケティング、デジタル戦略の推進を担当してきました。
現在は、組織統合に伴って株式会社TSI プラットフォーム本部に所属する形になっています。本日はよろしくお願いいたします。
DearOne 麻野|
株式会社DearOneの麻野と申します。DearOneでクロスマーケティング部のチーフコンサルタントをやっています。
元々外資系のアパレルブランド出身で、2017年度からEC業界に本格的に関わり、ウェブサイト改善PDCA、OMOなどのデータ活用支援と戦略立案、デジタル改革を推進してきました。
DearOne入社後は、アパレルブランドや大手ゴルフサイトなどを担当して、Webサイトとアプリの分析支援や具体的な施策シナリオの提案を通じて、企業のグロースをサポートしています。本日はよろしくお願いいたします。
DearOne 安田|
私は株式会社DearOneでマーケティングを担当している安田です。本セッションでは進行役として、岸さんのお話をうかがっていいます。よろしくお願いいたします。
TSIホールディングスのブランド展開とEC事業の特徴
DearOne 安田|
まずは岸さんからTSIホールディングスの企業紹介をお願いできるでしょうか。
TSI 岸氏|
私どもはTSIホールディングスと申します。前期の売上は約1,500億円で、そのうちEC売上が388億と全体の31%を占めます。EC事業は自社EC化率が46%で、自社EC化を徐々に推進しています。
業界では「個店持ちアパレル」といわれる業態で、店舗が899店舗、ブランドで52ブランドを抱えています。スライドにブランドの一覧がありますが、PEARLY GATES、NANO universe、NATURAL BEAUTY BASIC、MARGARET HOWELLなど、幅広いポートフォリオが特徴の総合アパレル企業です。
企業の成り立ちを簡単に説明すると、国内アパレル企業である株式会社東京スタイルと株式会社サンエー・インターナショナルが統合して出来たグループがTSIホールディングスになります。
経営統合時点では2,700店舗ほどあった店舗数を徐々に縮小し、2021年2月期には1,000店舗を下回るところまできました。店舗を縮小して、代わりにECを伸ばしてきた状況で、元々は百貨店売上が30%以上ありましたが、2018年にはEC売上が百貨店売上を上回るところまで伸びています。市場動向ともリンクしていますが、現在は完全にECをメインチャネルとして推進しています。
TSIホールディングスのEC事業における特徴としては、ECサイトをブランド毎で個別に展開していることです。全部で27サイトありますが、それぞれが独自のブランドアイデンティティを担保して、店舗とECのOMO戦略を軸にして事業を拡大してきました。
ブランドのポートフォリオが幅広いため、各ブランドの顧客ターゲットも異なります。それをひとつに統合するのではなく、それぞれのブランドアイデンティティを大切にして、店舗とECのOMOを強化してきました。
店舗・ECの在庫統合、共通会員化、ECや顧客データのプラットフォーム統合など、インフラとなる部分は基本的に共通基盤で動かしている一方で、フロント側はそれぞればらけていることが非常に大きな特徴になっています。
EC事業は元々は他社のECモール、たとえばZOZOTOWNさんなどで認知拡大して事業を推進してきました。しかし、現在は会員情報をしっかり獲得して顧客とのつながりを担保しやすい自社ECに徐々にシフトしています。
自社ECでは、店舗とECをクロスユースされる顧客を中心にLTVを追いかける取り組みを進めてきました。その中では、アプリがEC事業の成長ドライバーとして事業拡大に貢献しています。
店舗における会員カードをアプリ化したことで店舗スタッフが顧客に紹介しやすいものとなり、アプリのダウンロード促進が進み、EC事業の主要チャネルとして活用しています。アプリ比率も上昇して、現在は34%まで高まっています。
クロスユース顧客の年間平均購入金額/回数として年間9.1万円/8.8回と書いてありますが、店舗のみ・ECのみの顧客と比較すると非常に大きな金額・回数となっています。
店舗のみ・ECのみの数字を足しても、クロスユース顧客の数字には全く届かないということで、店舗かデジタル、どちらかの「点」ではなく、全体の「面」でお客様に接することを意識して、EC事業を推進しています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。アプリ比率34%というお話ですが、モバイル比率とアプリ比率というのは、どんな定義の数字なのでしょうか?
TSI 岸氏|
EC購入いただくチャネルの利用率です。現状はモバイル87%ということで圧倒的にモバイルが多くなっており、モバイルの中でもアプリが一定のシェアを持っています。
ただ、モバイルが87%ということで、裏を返すとPCで購入される13%いることもTSIの特徴かもしれません。50代60代のお客様に支持されているブランドもあり、TSIでデジタルマーケティングを推進していくうえで考慮すべきことのひとつです。
DearOne 安田|
ありがとうございます。麻野さんは在籍もされていましたが、岸さんのお話を踏まえて、TSIさんの特徴をどう捉えられていますか?
DearOne 麻野|
そうですね。お話しいただいたKPIや数字感覚はチームや組織に根付いています。モバイルとアプリはお客様の行動にすごく直結していますので、モバイルとアプリの数字を高めていくことが売上向上につながることは間違いなく、当時も2つを中心に動いていると感じていました。
TSI 岸氏|
そうですね。店舗運営のKPIにアプリのダウンロード数を組み込むといったことも比較的浸透しやすかったと思います。
OMOの必要性と位置づけ
DearOne 安田|
店舗でのアプリダウンロードといったお話は、本セッションのテーマであるOMOにつながる部分です。TSIさんはOMOに力を入れていらっしゃるとのことですが、岸さんからOMOに取り組んだ背景を紹介いただけないでしょうか。
TSI 岸氏|
まず社会と消費者の変化ということが大前提にあります。現在、消費者の生活はオンライン起点になっています。お客様はオンラインを起点にON/OFFを自由に行き来しますので、OMOは必須で取り組むべきものです。
とくにコロナ禍ではオンラインを起点にした行動が非常に加速しました。お客様もオンラインに慣れましたし、何か探すときにまずSNSで情報を得ることも当たり前となりました。
とくに、オンラインで情報収集から購買まで完結できる状況になった中で、コロナ禍の数年間は店舗に足を運ぶにはそれなりの理由が必要でした。従って、単純なEC強化に加えて、店舗の販売員がしっかりとECに送客する動きを強化することに店舗の評価ポイントを置いたりもしました。
直近はコロナ禍が終わり、リアル回帰がかなり進んできた部分はあります。しかし、オンラインでの行動が根付いた状況は変わりませんので、オンラインの利便性をしっかりと享受したいというお客様は多いです。
そして、同時に、今リアルな店舗でのエンゲージメント、お客様と販売員のコミュニケーション、そこで生まれる体験価値も求めていると強く感じています。
従ってECと店舗を組み合わせて、お客様中心のコミュニケーションを作っていくOMOの取り組みは必然だと捉えています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。仰る通り、コロナ禍で生活スタイルが変わったという影響はかなり大きいと思います。先ほど仰っていたリアル店舗のスタッフがECに誘導するといった接続、店舗とアプリ、オンラインをつなげていく取り組みはどのように実施されたのですか?
TSI 岸氏|
アプリを中心に進め始めたのは2015年頃からです。店舗には店舗の都合もあり、スタッフ数も限られていて、実施する必要がある業務も多数あります。その中で優先順位を付けることが非常に重要だと考えて、「アプリを推進ドライバーにする」というメッセージを店舗側、TSIでいうブランド側にメッセージを送り続けてきました。
OMOに取り組むうえでは販売員のSNS、スタッフのコーディネートコンテンツ、ライブなどの様々な施策がありますが、今はそれをスタッフが自ら望んでやってくれる時代になっていると感じます。
店舗におけるOMOの取り組みも比較的スムーズに進みましたが、コロナ禍が契機となってOMOの取り組みが必然として迫られた要素もあります。
DearOne 安田|
店舗で受け入れてもらいやすい状況だったわけですね。
TSI 岸氏|
そうですね。店舗にはお客様と接することが好きなスタッフが多いですので、コロナ禍で来客数が減った中で、販売員のSNSやスタッフのコーディネートコンテンツやライブも自然と進んできた部分があります。
「顧客体験」と「OMO」の関係性
DearOne 安田|
先ほど「オンラインの利便性と店舗での体験価値を組み合わせたお客様中心のコミュニケーション」といったお話がありましたが、岸さんは顧客体験とOMOの関係性をどんな風に捉えていらっしゃいますか?
TSI 岸氏|
顧客体験に関しては、「我々のようなファッション事業者が顧客に提供できる価値は何か?」というテーマは社内でもよく議論しています。
価値を考えるうえで、まず機能的価値、たとえば利便性があります。同時に、アパレルという商材では情緒的価値、たとえば感動や充実感、ワクワク感といったことも非常に大切だと考えています。
機能的価値の部分はデジタルが強いですし、テクノロジーでどんどん補完していける部分です。一方で、個人的には情緒的価値は「人」にしか生み出せないものだと考えています。従って、OMOに取り組むうえでは、機能的価値と情緒的価値、2つの価値を同時に存在させるということを強く考えています。
お客様は店舗とEC、また、SNSを自由に動き回りますので、それぞれにおける体験を切れ目なくつなぐことが重要です。そのためにはテクノロジーという道具が必要ですし、それを支える顧客データも連携している必要があります。さらにアプリや商材をお客様に紹介する店舗とスタッフとも連携しながら、「おもてなし」の体験を作っていくことが重要です。これを実現するための手段がOMOだと捉えています。
理想に対しては道半ばですが、店舗に来る前のお客様の行動、店舗内の行動、そして、来店されて以降の行動、これらをしっかりと連動させた「おもてなし」を実現していきたいと考えています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。まずオンラインで、スタッフSNSやスタッフコーデとの接点、オンライン検索・商品検索などの行動、そして来店予約をされる。実際に来店されてチェックイン、リアルでの接客や予約した商品の試着、Web行動に基づくレコメンドなどがある。そして、試着などをされて帰られた後、再びオンラインで試着した商品の情報を確認したり、次回の来店予約をされるといった流れですね。
麻野さんも共感する顔をされていますが、いかがでしょう?
DearOne 麻野|
やはりECのチームだけだとオンラインでの動きだけしか考えず、オンラインだけでカスタマージャーニーを描くといったことが起こりがちです。同時に、店舗側もお客様がお店にいらっしゃって帰られるまでにフォーカスしがちです。
しかし、現実にはユーザーはオンラインとオフライン、ECと店舗を行ったり来たりしています。その中では、たとえば、店舗でECのクレームを受けるようなことも生じます。きちんと両方を連携させないとお客様を満足させられないということで、この考え方は本当に納得感がありますし、今の時代に必要なものだと思います。
DearOne 安田|
麻野さんは店舗にもいらっしゃったんですね。
DearOne 麻野|
はい。店舗にいると「メールマガジンが違うんです」といったクレームを頂くこともありました。
DearOne 安田|
なるほど。お客様から見れば、店舗もメールマガジンやECなども全部含めて、ひとつのブランドという認識ですよね。
TSI 岸氏|
はい。その時、店舗側で「それはECのチーム、WebサイトのCSに問い合わせをお願いします」といった対応をしてしまうことはよくあると思います。実際に店舗のスタッフがEC事業の問い合わせに対応する、全てを知っておくことは非常に難しいです。しかし、たらい回しにしてしまえば顧客体験を損なってしまいます。
DearOne 安田|
お客様からすれば「店舗のスタッフが対応できて欲しい」と思われることは普通の感覚だと思いますが、同時に店舗での対応を実現することも非常に難しいですね、対応していくためには店舗のスタッフにデジタルの知識を持ってもらい、店舗とオンラインをつなげる意識を持ってもらうことが必要ですし、テクノロジーやデータの活用も大切になりますね。
TSI 岸氏|
はい。スライドにある通り、
・テクノロジー
・データ
・店舗やスタッフ
という3つの要素が連動していくことが重要です。
DearOne 安田|
その根底に、OMO自体はあくまで手段であって「顧客体験価値を高めるために使う」という考え方があるわけですね。
TSI 岸氏|
はい。テクノロジーなどもひとつの方法論であって、何のためにテクノロジーを使うのかという思想がないと、店舗のスタッフにもうまく活用してもらえません。オンラインと店舗をうまく連動させて、「情緒的価値をお客様に提供する」という思いが非常に重要だと考えています。
OMOにおける店舗・スタッフの価値とは?
DearOne 安田|
先ほどのお話を踏まえて、OMOを考えるうえでは店舗でのリアルな接点があることが大きな差別化ポイントだと思います。岸さんは店舗やスタッフの価値をどう捉えていらっしゃいますか?
TSI 岸氏|
はい、仰る通り、店舗とスタッフは非常に重要です。先ほど申し上げた通り、ブランドエンゲージメントやファン化というのは、人にしかできないことだと思っています。
お客様はスタッフを通じてブランドへの信頼関係を構築します。それを考えたとき、店舗のスタッフに意識して欲しいことは、その場で顧客に買ってもらうことが全てではなく、店舗とスタッフだけが、その先にあるつながりを創出する役割を担えるということです。
たとえば、TSIでは冒頭にお話しした通り、アプリを推進しています。アプリの広告なども積極的に出稿していますが、アプリのダウンロードは店舗で実施されることが多くなっています。そういう意味では、店舗がアプリの意味を理解して積極的に紹介してくれる仕組みが非常に重要です。
「店舗でデジタル施策やデジタルチャネルの紹介をきちんとする」というのはシンプルな話ですが、徹底して実行することは難しさもあります。
私は自社ブランドの店舗に足を運びますが、スタッフによって一切アプリの紹介をしれくれなかったり、基幹ブランドでリリースしているLINEのミニアプリの紹介がなかったりすることもあります。このあたりの情報伝達や現場への落とし込みは日々悩んでいる領域ですが、店舗でデジタルを紹介する徹底度が高まると大きな強みになります。
TSIには店舗の販売スタッフが4,000人近くいます。この方々が、ECのコンテンツやSNSを告知してくれる、そして、接客のなかでブランドの魅力をしっかりと伝えてもらえる体制がすごく重要だと思っています。後ほどご紹介しますが、組織や評価などに関する施策もこうした理想を実現するために必要なことだと考えています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。仰られた「エンゲージメントを作るのは人である」というお話は非常に共感します。リアルなスタッフとの対話を通じて、店舗やブランドを好きになるということですね。
TSI 岸氏|
はい。店舗におけるスタッフは店舗の売上や個人の売上などで評価される部分があり、これを変えていくことは非常に難しいです。しかし同時に「リアルなスタッフの役割は何か?」について、自分たちは唯一お客様と直接やり取りする立場であり、ブランドの語り部として、ブランドと展開するサービスの良さをお客様に直接お伝えする役割だと思ってもらいたいと考えています。
DearOne 安田|
それをサポートするためにデジタルがあるということですね。EC事業を展開し始めると、ECの売上と店舗の売上という形で分かれて捉えてしまいがちですが、あくまで店舗のエンゲージメントを高めるために様々なデータやテクノロジーを使っていくというイメージですね。
ここまでのお話、麻野さんの立場から見るといかがでしょうか?
DearOne 麻野|
そうですね。たとえば、ECを推進するうえでコーディネートコンテンツやライブといったことは、ECチームだけではできないことです。ECチームだけでやると生産背景から考えてコーディネートコンテンツを考えたりしますが、それではお客様にヒットしなかったりします。
ECを考えた時、コーディネートコンテンツは非常に強い武器ですので、そこに店舗の強みを活かすというのはストーリーとして間違いありません。一方で実行する上では難しさもあり、「店舗の強みを活かしてください」「協力して下さい」と動いたときに、店舗側の評価基準につながらないと協力を得にくいといったことは課題として感じていました。
DearOne 安田|
そういう時はどんな工夫をされていましたか?
DearOne 麻野|
実施する上では、先ほど岸さんが仰ったようなことを理解して、きちんと店舗のスタッフに伝えていくことが必要ですね。「お客様がコーディネートコンテンツを求めています。その手間に見合うものが必ずどこかで店舗に戻ってきます」ということをどう伝えていくかですが、時間がかかる部分はあります。結果を出している他のブランドや店舗の事例を伝えていかないと、なかなか動いてくれなかったりもします。
DearOne 安田|
岸さんの視点から見て、今のコメントに違和感はありませんか?
TSI 岸氏|
そうですね。評価基準などは大きな改革になりますので、会社全体としてOMOを推進していくための経営側のガバナンスも必要だと思います。同時に、いきなり大きな改革をすることは難しいので、小さなところからアクションし続けてスモールサクセスを積み上げていくアプローチが非常に大切だと思っています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。私たちも顧客のアプリ開発等をしていますので、「どうやって店舗のスタッフにうまく活用してもらうかが課題です」という課題はよく伺います。この辺りも踏まえて、今日はTSIさんで実際に取り組まれたOMO施策を事例として紹介いただきます。
TSIホールディングスにおけるOMO施策の具体例
TSI 岸氏|
OMOに関して様々な取り組みを実施していますが、アプリを軸として、ユーザーニーズに順応しながら店舗とECのチャネルをまたたる施策を展開してきた形です。
スライドにいくつかの具体事例を載せていますが、基本的には店舗への送客が入り口となっています。たとえば、スライド一番右側の「来店ポイントなどは分かりやすい施策です。
来店ポイントの右側にある「アプリの商品詳細ページ スクショ機能」は、とあるブランドで事例したものです。お客様がアプリで商品を見て、店舗で「これをください」と伝えたときに品番が分からないとスタッフがすぐに探せないことがあります。そこで品番を入れることで、お客様が興味ある商品をすぐ特定できるようにしたものです。
顧客体験を良くしていく営みとして、こうした小さなことも含めて施策を積み上げてきています。
3つ目にある「店舗混雑状況の可視化」は、コロナ禍におけるOMOの一環として実施した施策です。いろいろトライしていますので、すべての施策が現在も続いているわけはなく、トライして中止した施策も沢山あります。
先ほどお伝えした通り、お客様の体験を良くする営みとして、小さな施策を積み重ねています。失敗している施策もたくさんありますが、どれだけ打席に立ち続けるかが重要だと考えています。
スライド一番右側にある「チェックイン×POPUP接客」は直近で実施した施策です。店舗とECの体験をつなぐ取り組みのひとつで、オンライン上のお客様の行動データを事前に取得して店舗でのチェックインをトリガーに、その店舗の売上ランキングやおすすめコーディネートなどをプッシュ通知でお送りするものです。
店舗にいくと、その店舗の売上ランキングは意外と分からなかったり、スタッフに聞くと人によって答えが違ったりすることもあるので、意外と店舗内のデータが可視化されていないということで実施した営みです。
データに基づく個客対応ということでは、あるベンダーさんに協力いただいて、店舗のハンガーに加速度センサーをつけて、お客様が手に取られた、姿見に合わせた、試着されたといった行動をキャッチアップして、店舗から帰られた後にアプリを通じてリテンションのコミュニケーションを取るといった施策もやってきています。
アパレルに限定される話ではありませんが、たとえば、あるお客様がオンラインで商品をご覧になって、その場では購入せずに店舗にいらっしゃったとします。
これはWeb上の分析では「離脱した」というデータになることが多いと思います。逆にまず店舗にいらっしゃって、同じように何も買わずに出ていったケース。これも「離脱した」と扱われると思います。
ただ、このお客様は本質的にはエンゲージが非常に高いはずです。こうした部分をデータとして捉えられるようになることが大切だと思っています。今はその手前でキャッチーなフロント施策、基盤整理に注力している段階です。
チャネル横断の事例もいくつか紹介します。
まず左側は、店舗・EC問わず、購入いただいて30日以内にECサイトに来訪された場合に購入いただいた商品のコーディネートをポップアップで提示するという「個客施策」です。
中央は先ほどご紹介したように店舗でチェックインしてもらうことで、店舗のランキングやレコメンドコンテンツなどをアプリ側に表示するといった形で来店前データを利用した新たな「店舗接客」の選択肢です。
右側は少し毛色が違いますが、NFTとリアルイベントを絡めることで来店促進も含めたエンゲージメントを作るという新たな「デジタルアプローチ」の模索です。
こうしたチャネル横断の取り組みをそれぞれのブランドでやっています。
DearOne 安田|
先ほどエンゲージメントのお話もありましたが、どの施策も顧客体験をより良くして、店舗とお客様のエンゲージメントを強めようという意図を感じます。意識されているポイントでしょうか?
TSI 岸氏|
はい。リアルの店舗で良い顧客体験をしていただいて、そこでデジタルのコミュニケーション接点を作って、デジタルでのコミュニケーションを続けながら、定期的に店舗に来ていただける関係性を作る。これがアパレルにおけるOMOの王道パターンだと思っています。
チャット等を通じてデジタルで完結する事例もありますが、現状ではデジタルから店舗にどう送客するのかということが、ひとつの重要な指標だと考えています。デジタルから店舗への送客を指標とすることで、店舗からECに送ってくれる流れもスムーズになるので、施策の運用上も大切な部分です。
DearOne 安田|
店舗のスタッフがきちんとアプリを案内して、店舗からECに送客してくれる状態にするためのメリットづくりということでしょうか?
TSI 岸氏|
そうですね。店舗スタッフがSNS等を通じてブランドの訴求してくれると、じつはECに送るつもりではないかも知れませんが、結果としてECへの流入につながってきます。
また、店舗側としてはアプリのダウンロード促進も「会員カードをデジタル化することで楽になりますよ」という視点で促進してくれた側面はあると思います。ECと店舗の良い循環を作るきっかけとして、こうした店舗にとってのメリットを作る、方針が浸透しやすくすることは大切だと思っています。
DearOne 安田|
店舗からすると「デジタルに誘導しよう」「EC売上を伸ばそう」といった意図ではなく、「目の前にいるお客様により喜んでもらうために店舗とデジタルを組み合わせて提供しよう」という視点になるわけですね。素晴らしいと思います。麻野さん、ここまでのお話を聞いていかがですか?
DearOne 麻野|
そうですね。事例で紹介された店頭データを利用した個客接触や、来店前データを利用した店舗接客も、通常であれば実施することは非常に難しいと思います。
たとえば、アプリに表示するランキングもECメンバーはECの売上で集計してしまうので、ユーザーが実際の店舗に行って売れているアイテムと違いが出ることがあります。アパレルであればエリアも大切です。沖縄から北海道まで店舗があれば同じアイテムでも売れる時期が異なります。沖縄のお客様にダウンコートのランキングを出してもしょうがないわけです。
こうしたことを踏まえて、きちんと反映させることは難しいですし、それを「やる」という意思決定が素晴らしいと思います。
TSI 岸氏|
この施策は始めた時はユニークな取り組みだということでメディアの取材もいただきました。ただ、実際に進めていると「店舗側のオペレーション上で無理があるね」といった課題も出てきました。
OMO全般におけるテーマだと思いますが、施策を考えるときに店舗でのオペレーションまで考慮して作れるか、また、店舗がきちんと意図を理解してやりきれるか等が非常に大切だと思います。
DearOne 安田|
なるほど。たとえば、店舗のデータを使って・・・といった施策は難しいものなのですか?
TSI 岸氏|
いえ。店舗とECの購入データベースをきちんと統合してやれば、さほどシステム的に難しくはないです。ポップアップを出すところは別のツールを使って実施していていますので、データ連携やツールの掛け算になるイメージです。
DearOne 安田|
TSIさんの場合、OMOでの活用を見越してデータ基盤も整備されてきたのでしょうか?
TSI 岸氏|
データを使おうと思えば、開発したりツールを入れたりすれば使えると思います。大事なことは顧客体験に還元するためにデータを使うという考え方で、そこは意識しています。
DearOne 安田|
なるほど。ありがとうございます。スライド一番右側のNFTを絡めたデジタルアプローチも面白い施策ですね。
TSI 岸氏|
HUFというストリートブランドでの取り組みですが、ストリート系のブランドはこういったテクノロジー系の取り組みに興味を持ってもらいやすいです。従って、ストリート系のブランドとはこうした施策をどんどん推進しています。
一方で、レディース系の百貨店アパレルで同じことをやっても、なかなか根付かないと思います。TSIの場合、ブランド毎の特性を踏まえて施策を展開できる点は良いところですね。
DearOne 安田|
TSIさんの場合、ブランドごとにフロント部分を個別にやられているので、各ブランドの顧客等にあわせたデジタルの使い分けがあるわけですね。
TSI 岸氏|
はい、仰る通りです。
OMO施策を進めるうえでの障壁と対応方法
DearOne 安田|
ここまでOMOに取り組む考え方や様々な施策をお話しいただきました。視聴されている中には「まだここまで取り組めていない」という方もいらっしゃるかなと思います。これからOMOに取り組むという時、どんなところか障壁になりやすいかをお話しいただけるでしょうか。
TSI 岸氏|
私たちも全て上手くいっているかというと失敗ばかりですし、他社の取り組みをベンチマークして追いかけている部分はあります。
ただし、ここまでやってきた経験を踏まえて、OMOに取り組むには考え方が重要だという確信はあります。OMOはお客様の体験価値をあげるための方法論であり、ONとOFFの区別なく最適なサービスを提供する顧客主体の思想だと考えています。
一方で、オムニチャネルといった時、企業都合の思想になっていることも多く、そもそもECと店舗が分断されている前提になっていて、OMOとは思想が少し違うと思っています。
大切なことは、「点」ではなく、「面」としてストーリーを作ることです。サービスを設計する、データを取得・活用する、また推進・紹介するといったことを「面」で捉えて、店舗とECのそれぞれが役割を持って、いかにお客様の体験価値の向上につなげるかです。
OMOに取り組むうえでは、これが難しいと思います。また、実際に進めるうえでは、組織の分断や評価、システムなどの仕組み部分は課題が生じやすいところだと思います。
仕組みを変えることは大きな取り組みになりますので、会社として中長期的でどういう座組みを作っていくかは非常に大切です。一方で、それを待っていると何も進まない側面もありますし、組織を変えたからといって根底の思想と紐づけないと変わらない部分もあります。
従って、仕組み部分もあくまで手段であると思います。また、店舗における業務オペレーションも大切ですね。「オペレーションが回りますか?」という視点や「こういうケースの時に店舗でどう対応したらいいですか?」といったルール整備なども重要になってきますが、OMOの施策に取り組むうえで意外と抜け落ちがちな視点です。
デジタル施策はECチームが他社の事例等を倣って「この施策を取り入れよう」と店舗に提案する形になることが多くなります。それに対して、店舗側で「これは無理です」となることはよくあると思います。
結果として導入したツールを使いこなす、決めた施策をやりきるという部分が、「6割ぐらいです」となってしまうことも多々あるので、非常に難しいところだと思います。
DearOne 安田|
ありがとうございます。オペレーションの部分に関してEC担当者が店舗オペレーションを理解していないことも多いと思います。OMOの施策と店舗オペレーションの整合性を取る部分はTSIさんではどんな風に進められていますか?
TSI 岸氏|
まだ試行錯誤中ですが、現在はOMO専門の課を作り、基本的に店舗からの公募でメンバーを集めています。全員が店舗のメンバーですので、彼ら彼女らに「これは成り立つかな?」という意見を常に聞きながら施策を決めています。そして、その人たちが店舗に話すことで、店舗のスタッフもリアリティを持って聞けるようにするといった小さな工夫を積み重ねています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。非常に分かりやすくて、成果が出そうだと思いました。
TSI 岸氏|
そうですね。あとは私もお店に足を運ぶようにしています。各ブランドの店舗に足を運んで、お店の状況や体験を肌で感じて、スタッフと対話して店舗で起きている課題を吸い上げることも、小さいですが重要だと思っています。
DearOne 安田|
そういう積み重ねが店舗スタッフと会話するときの信頼につながってきますか?
TSI 岸氏|
信頼されていると良いですが(笑 店舗の状況をしっかりと深く正しく理解することは意識しています。
DearOne 安田|
ありがとうございます。先ほど仰っていた評価の部分で、店舗側にデジタル施策を意識してもらうための評価に関する取り組みなどはされていますか?
TSI 岸氏|
たとえば、「コーディネートコンテンツ経由で売れたものは、何パーセントをインセンティブで支給します」といったトライアルは何度もしていますし、会社として評価制度の見直しなども動いています。
同時に、シンプルに考えると、現状はECチームはEC事業の売上で評価され、店舗は店舗の売上で評価されます。ただ、ブランドチームは両方で評価されています。本来は、全員が両方で評価されるような形にすれば良いわけです。実際のアクションと数字、プロセスと成果の可視化をしっかり出来る体制を作れれば、それも可能になると考えています。
DearOne 安田|
組織として「より良い顧客体験をどう作るか?」を全員が意識できる仕組みを作るということですね。
TSI 岸氏|
はい。
DearOne 麻野|
組織内での評価は、私も非常に苦労しました。たとえば、コーディネートコンテンツをWebサイトに掲載していきたい一方で、店舗にお願いしようとすると「運用が回っていない」や「やるスタッフがいないです」といった問題が生じます。
ECと店舗、双方に効果がある施策でも、評価の仕組みも含めて実施できる組織体制にしないと運用されない、前に進まないという状況ですね。そこに企業として取り組まれているのは素晴らしいと思います。
OMO施策を進める上で最も大切なこと
DearOne 安田|
ここまでのセッション内容を踏まえて、最後に岸さんからこれからOMOに取り組む企業へのアドバイスをいただけるでしょうか。
TSI 岸氏|
私たちが大切にしていることはシンプルです。
商品を探す。接客を受ける。購入して使ってみる。こうした全ての体験を通じて「買って良かった」「店舗に行って良かった」という顧客の満足感を生み出すことが一番大切なことです。
従って、こんなテクノロジーがある、便利な仕組みが作れるといったこと、また、OMO自体も、あくまで「より良い顧客体験を作るための手段」という認識をしっかり揃えることが重要だと考えています。
OMOをEC部門だけの論点にするのではなく、顧客接点全体の戦略とストーリー設計が大切で、それを実現するために組織・人・サービスを最適化するという文脈形成が必要です。
組織変革、ソリューション導入、オペレーション設計、データ活用等、すべてが顧客の満足感を高めるための「おもてなし」に紐づいてこそ価値があります。繰り返しになりますが、OMOをゴールにするのではなく、お客様に満足してもらうことをゴールに考えていくことが何より重要だと思います。
DearOne 安田|
岸さん、ありがとうございます。大変共感できるアドバイスでした。視聴の皆さまもぜひ参考にしていただければ幸いです。それでは本セッションは以上で終了となります。ご視聴ありがとうございます。